首都圏では中学受験熱がヒートアップする昨今、最難関とされる男女御三家合格となれば、そのご家庭は「教育熱心なエリート一家」というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。
しかし、最難関K中学に合格した長男を持つ、美容クリニックで医療事務のパートをしている美子さん(仮名・44歳)は、「我が家は全然そんなタイプではないんです。気がつくと、中学受験をせざるを得ない状況になっていました」と当時を振り返ります。今では、長男M人くん(仮名・年齢非公表)が優秀であることを素直に喜んでいるそうですが、幼少期は「他の子との違い」に悩み、「予想外の子育てに戸惑うこともありました」と話してくれました。
前編では、寝る時間が短く夜泣きがひどかった乳児期や、「同じ行動を繰り返す」「協調性が乏しい」といった特徴から、発達障害を疑ったこともある幼児期についてお話を伺いました。
彼にとって勉強は「いちばん手応えのある、楽しい遊び」でしかなかった。めきめきと頭角を現す
小学校入学前から少しでも分からないことがあると、納得するまで「なんで?」「どうして?」「でも、それって、おかしくない?」と質問を繰り返し、家事をしている美子さんに「問題を出して」とせがむ日々が続いたMくん。朝の5時に親を起こして質問する、常軌を逸したと言えるレベルだったそうです。
「あまりにも『なんで、どうして』と質問攻めが続くので、試しに大手の算数フランチャイズ塾に通わせてみたところ、驚くほど楽になりました。宿題をクイズのように楽しんでいるのか、しばらくの間は夢中になって取り組んでくれたので助かりました。いわゆる『解き方のコツ』という武器を手に入れると、さらに次の武器を欲しがる、そんな風に勉強を進めていくタイプでしたね。勉強ばかりではなく、時には違うものに夢中になることもありました。昆虫だとか、化石だとか、鉄道だとか、プログラミングゲームだとか。ごく普通の男の子が好むような趣味ですよね。普通と違うのは、『質問多すぎ』ということです」。
小学校に入ったタイミングで弟が二人できても、特に赤ちゃん返りすることもなく、興味深そうに双子の弟たちを観察していたというMくん。美子さんは、Mくんが小学校1年生になった頃から、「この子は勉強ができるんだ」ということを改めて認識したそうです。
「まず小学1年生の時、大手塾の全国統一小学生テストで驚くほど良い成績を収め、記念品をいただきました。通っていた算数塾でも、当たり前のようにトロフィーをもらってくるので、狭い我が家では置き場所に困ってしまうほどでした。その頃には、以前考えていた発達障害の検査を受けさせたいという気持ちも薄れていました。確かに個性は強いけれど、お友達には優しいですし、本人が日常生活で困りごとを抱えていない限りは、自由にさせてあげようと思うようになっていたのです」。
小学校に入ると、気になっていた「協調性のなさ」も個性の範囲と思われる程度に落ち着き、同時に驚くほどの好成績で頭角を現したMくん。大手A塾の特待生制度のテストを受験したところ、なんと受講料が全額無料に。その頃になってようやく、「これは、どちらかというと良いことなのかもしれない」と美子さんは自覚したそうです。
「長男が通っていた大手A塾は、小学1年生から特待生選抜テストがあり、低学年から優秀な生徒を囲い込む戦略で、『無料ですので入塾しませんか?』といったお誘いが来るシステムでした。テストは半年ごとに行われ、低学年のうちは勉強ができる子にとって比較的特待生になりやすく、高学年になるにつれて基準が厳しくなると聞いていましたが、3年生から本格的に入塾したMは幸いにもずっと特待生でい続けることができました」。
A塾では上位何番からが特待生になるのかを塾側が公表しておらず、上位者には個別に「特待生に選ばれましたので、書類を提出してください」という連絡が来るシステムだったそうです。
「手応えのある遊び」感覚で大手塾に通い続けるものの、義実家と「教育方針の相違」でぎくしゃく
「最上位組の特待生になると、『授業料無料、春期講習と冬期講習は半額』という条件でした。その他の教材費などは自己負担でしたが、授業料だけでも本当に助かりました。3年4年の親の苦労といえば、膨大な量の宿題の管理が大変だったことでしょうか。でも、私は勉強がそこまで好きだったわけではありませんが、どちらかというと神経質な性格で書類整理は得意分野。夫の薬夫も几帳面な性格のため、それほどストレスには感じませんでした」。
薬夫さんは理科と算数が得意で、小学校時代は「虫博士」と呼ばれていたそうですが、「俺はここまでじゃなかったな。地元では中の上くらいだったよ」と驚きつつも、塾のサポートには協力的だったと言います。
「勉強を好きになるかどうかは、塾との相性と、親のプレッシャーのかけ方で大きく変わると言われています。幸い、うちの子は塾との相性が良く、とても楽しんで通っていました。大手塾は一般的に高額なお金を払って通うわけですから、『子どもが楽しく勉強できるように』という工夫が詰まっています。もともと、好奇心が強く『知らないことを知りたい』という強い欲求のあるお子さんなら、遊び感覚で学べるノウハウを蓄積している大手塾とは相性がいいんじゃないでしょうか」。
しかし、ここで大きな壁となったのが、母親である美子さんの「仕事との両立」でした。
「我が家には双子の弟たちがいるため、できれば共働きで貯金を増やしたい。でも、長男の塾の講習会の種類の多さ、期間や時間の長さに、ヘトヘトになることもしばしばでした。夫はちょうどMの中学受験の佳境にベンチャー企業へ転職し多忙になったため、送迎の負担はすべて私の肩にのしかかってきました」
コロナウイルス感染症の蔓延も、美子さんの多忙さに拍車をかけたそう。
「長男が高学年の頃はコロナウイルスやその他の感染症蔓延などの影響で、夏休みの特別特訓が通常の合宿形式ではなく、東京会場に通う形で行われたのですが……。朝9時から夕方6時まで缶詰状態で勉強するので、千葉の自宅からでは通いきれず、アパートメントホテルを借りました。そのホテルもまさに争奪戦で、早く予約しないと会場近くの良い場所から埋まっていってしまうんです。当然、仕事はその期間お休みすることになり、派遣社員なのでその間の収入はありませんでした」。
そしてもうひとつ、美子さんの悩みの種となったのが、義理の母にあたる薬夫さんの母親の存在でした。
「義母は高学歴専業主婦だったため、教育には一家言ありました。孫が秀才だと知り、少し舞い上がってしまったのだと思うのですが……。『うちが学費や受験料を援助するから、美子さんは仕事を辞めてサポートに専念したらどうかしら?』と。ありがたいお話ではあるのですが、今の職場は待遇も人間関係も申し分なく、子育てにも非常に理解があります。両家の親に一生頼れるわけではありませんし、こんなに待遇の良い職場を一度手放してしまったら、同条件の職場が二度と見つからないかもしれないと思うと、辞める決心はつきませんでした。それで、少し義母との関係が気まずくなってしまったことは、やはり悲しかったですね」。
入ってみたら「そんな子たちばっかりいる」圧倒的個性の集合体だった
美子さんは職場の仲間に頭を下げて協力を仰ぎながら、仕事を辞めることなく、Mくんは無事に受験シーズンを終えました。塾の先生の、直前までサポートし続けてくれる熱心さも相まって、結果は3校全勝。東京の御三家名門K中学、千葉の新進気鋭の進学校S学園、そして関西の名門男子校N中学など、名だたる学校に合格しました。
「すべて合格できたことは、私からすれば本当にすごいことなのですが、同じ塾の特待生の友人たちも似たような結果だったので、本人は『いや、あいつのほうがすげーよ』とか飄々としていました。『奢らない』という意味では良いことかもしれませんが、一緒にテンションをあげて大喜びできなくて少し寂しかったです」。
学校を選ぶ段階では、距離よりの相性の良さを重視したそう。
「関西の学校は、俗に言う最上位層の生徒が招待される『お試し受験ツアー』のようなもので、塾の進学実績を上げるための受験でした。ですので進学先の選択は東京のK中学か千葉のS学園かの二択。実は自宅からはS学園の方が近いため、少し迷ったようです。でも、最終的にはM本人が『塾の仲間がたくさんいるK中学がいい、学校の雰囲気も楽しそうだし』と希望したので、片道約50分かかりますが、千葉から東京まで通うことになりました」。
両家の祖父母も大喜び。本人も満足し、美子さん自身も大きな充実感を得られましたが、「成績はたぶん中くらい」だという双子の弟たちと比べて、「楽な子育てだった」とは決して言えないそうです。
「もちろん、子どもは全員かわいいです。ただ、あくまで我が家の場合ですが、Mは勉強ができる分、個性も人一倍強いので、ハラハラさせられることが本当に多かったですし、これからも多いかもしれません。それに、40代にもなると『中学受験は長い人生の通過点にひとつ』と実感しているので、双子が長男より成績が良くなくても凹むこともありません。今はただただ、長男本人が楽しい学校生活を送ってくれることを祈るばかりです」。
とはいえ、進学したK中学校は、Mくんのような個性的でキャラクターの濃い生徒が多いそうです。
「大学時代の友人の息子さんもK中学・K高校出身で、今は大学生なのですが、先日その友人に『うちの息子のクラス、なんだか落ち着きがなくて、授業中に立ち歩く子もいるみたい。勉強はできるしいい子みたいなんだけど』とこぼしたら、『あー、K中では”あるある”だよ。大丈夫、中学3年生にもなれば落ち着くから』と笑っていました」。
小学校受験で華やかなイメージのある私立伝統校に合格したママ友たちから聞く「名門校の日常」とは随分違うなぁ、と驚いたという美子さん。
「私個人の勝手なイメージですが、K中学は『天才奇才、大歓迎!』といった自由な雰囲気で、いわゆる文武両道・品行方正を重んじるお坊ちゃまお嬢様私立と比べると、キャラが立っている子を許容してくれるようです。おかげで、Mは『休み時間にね、みんなでずーっと問題出し合って遊んでるんだよ!』と大喜びしていて、それを聞いた弟二人に『それって、遊んでるって言わないでしょ! 変だよ!』と真顔でツッコまれ、きょとんとしています」。
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※本作は取材に基づいたストーリーですが、プライバシーの観点から、個人が特定されないため随時事実内容に脚色を加えています。