*TOP画像/唐丸の母(向里祐香) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」18話(5月11日放送)より(C)NHK
「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」ファンのみなさんが本作をより深く理解し、楽しめるように、40代50代働く女性の目線で毎話、作品の背景を深掘り解説していきます。今回は江戸時代における「夜鷹」について見ていきましょう。
「べらぼう」に描かれる夜鷹
本作の視聴者が夜鷹の存在を意識したのは、いね(水野美紀)が足抜けを試みたうつせみ(小野花梨)を叱る第9話におけるシーンだと思います。
「はあ 幸せ…。なれるわけないだろ![中略]あんたを養おうと あいつは博打。あいつを養おうとあんたは夜鷹」
筆者はいねのこの台詞から当時の厳しい社会を垣間見、ショックを受けました。吉原の女郎屋で働く女郎の暮らしの過酷さが本作には描かれているものの、いねの台詞からはそれ以上に厳しい暮らし、社会的に低い立場におかれた女性の存在を意識しました。
また、先週の放送回(第18話)では、唐丸(染谷将太)の母(向里祐香)が夜鷹として生計を立てていたことが明らかになりました。唐丸の母のシーンは短かったものの、薄暗い長屋でのゆとりのない暮らしを描いた場面は印象的で、多くの視聴者に強い衝撃を与えました。
蕎麦一杯程度の値段で、性サービスを路上で提供する女たち
夜鷹とは路上の娼婦です。性サービスを提供する職業の中でも最下層のポジションにありました。
夜鷹は黒い着物を着て、白い木綿の手ぬぐいを頬かむりにし、丸めたござを持って夜道に立っていました。当時の人たちは一目見ただけで夜鷹だと分かったといいます。なお、夜鷹の平均年齢は25歳前後ですが、15~16歳のティーン世代、40代以上のミドル層もいたといわれています。
当時の江戸には夜鷹が客待ちをする“夜鷹スポット”がありました。本所の吉田町(現在の墨田区・石原町)、浅草堂前(現在の台東区・松が谷)は夜鷹が多くいるエリアとしてよく知られていたそうです。
夜鷹の多くが吉原などの表舞台で働けない事情を抱えており、顔がよく見えない夜の暗闇の中で体を売っていました。夜鷹が男性客に性サービスを提供する場所は野外(土手の下や材木の間など人目につかない場所)でした。持ち歩いているござの上で性サービスを提供していました。
客が夜鷹に支払ったサービス料はそば・うどんと同じくらいの価格です。江戸っ子にとって蕎麦はソールフードでしたが、男性はそばを食べるのと変わらない金額で性欲を満たせたのです。
なお、夜鷹から性的なサービスを受けていたのは町人や武士でした。彼らは旗本や検校のように吉原で遊べるほどの稼ぎがないため、低価格で性欲を満たせる夜鷹と取引をしていました。
吉原の女郎の中にも梅毒に感染する者は多くいましたが、夜鷹はそれ以上の感染リスクが懸念されていました。夜鷹は次々に客をとらなければ生計を立てられませんし、性サービスのあとに身体を清潔にすることもままならなかったためです。病気を患っても経済苦などを理由に治療を受けることもできませんでした。男性客は梅毒に感染するリスクを承知の上で、夜鷹から性サービスを受けていたのです。
夜鷹の暮らし。夜鷹の多くは貧乏長屋に住んでいた!?
夜鷹の存在は当時の社会においてよく知られていたものの、彼女たちの暮らしについての記録はほとんど残っていません。“夜鷹についての記録があまりない”ことこそが彼女たちの社会的な立場を語る何よりの資料だと思います。
夜鷹が暮らしていたのは貧困者が多く暮らしていた四谷の一角やJR錦糸町から徒歩圏内の長屋でした。住人の多くが夜鷹として生計を立てている貧乏長屋もあったそう。
夜鷹は単身女性とは限らず、夫がいる女性も珍しくありませんでした。夜鷹の中には夫とペアで行動する女性もいました。夫がいる夜鷹の場合、妓夫(=夜鷹の護衛、支払管理などを担う)を夫が務めるケースが多々あったのです。夫は妻が不特定多数の男性に性サービスを提供する姿を間近で目にするわけですが、生きていくためとはいえ、心穏やかにいられる男ばかりではありませんでした。
また、夜鷹は寒い日も外で働かなければなりませんが、仕事の前後にそばを食べてあたたまることもありました。ちなみに、夜鷹そばの由来はさまざまな所説がありますが、夜鷹がそばを食べていたことに由来するともいわれています。
現代社会には「立ちんぼ」と呼ばれる女性たちが繁華街に…
現代社会においても、路上に立ち、男性客を待つ女性が都内のとあるエリアには少なくないといわれています。
夜鷹の多くが吉原などの表舞台で働けない事情を抱えていたように、現代においてもこうした職業で生計を立てている女性の多くが深刻な事情を抱えています。年齢や障害などを理由に保護の対象になるだろう女性もいると聞きます。
現代は江戸時代と比べれば社会保障制度が充実し、人権意識もはるかに高まりましたが、それでもなお厳しい状況にある女性を救いきれていません。生活に不安を感じる人が増える昨今、保護の対象になる人は今後さらに増えそうです。生活苦に陥っている人を社会が助けることがますます難しくなるのではないかと懸念しているのは、私だけではないでしょう。
本編では、唐丸の母が生きた“夜鷹”という過酷な仕事を通じて、江戸社会の最底辺で生きる女性たちの実態と、現代にも通じる貧困と性の問題を見つめました。
▶▶「100年先の江戸を見てみたくないか」“売れるもの”と“書きたいもの”の間で揺れる男たちの選択【NHK大河『べらぼう』第19回】
“売れる本”がもてはやされる時代に、それでも自分の「書きたい」を貫こうとした春町と蔦重、そして旧友・孫兵衛との和解を描きます。
参考資料
手打ち蕎麦研究会『これで差がつく!本格そば打ち 上達のコツ50 新装改訂版』メイツ出版 2022年
八木澤高明『江戸・東京色街入門』 実業之日本社 2018年
歴史の謎を探る会『江戸の性生活夜から朝まで Hな春画を買い求めた、おかみさんたちの意外な目的とは?』河出書房新社 2008年