
夫婦問題・モラハラカウンセラーの麻野祐香です。
「自分を大切にしてくれる、本当に優しい人だと思って結婚した」。そう信じていたはずなのに、結婚後に相手の態度が大きく変わり、苦しんでいる女性は少なくありません。モラハラだと気づいていても、経済的な事情や子どもの養育、仕事の関係などがあり、すぐに離婚を決断できない方もいます。長年にわたり夫婦問題やモラハラの相談を受ける中で、そうした悩みを抱える女性たちの声を多く聞いてきました。
今回は、夫の会社を手伝っていることが大きな理由となり、夫のモラハラに悩みながらも離婚を決断できずにいたMさんのお話です。Mさんは、夫の会社の経理をすべて任されていました。週5日、きちんと出勤しなければ夫から責められるため、自分の意思だけでは簡単に離れられない状況だったといいます。
【実録・カウンセラーから見たモラハラ・リバイバル】
「俺の家じゃないし」私の実家に一切興味がない夫
Mさんの夫は、結婚前はMさんの両親への挨拶や贈り物にも、とても気を遣ってくれる人でした。自分の実家も大切にしてくれる優しい人。そう感じたことは、Mさんが結婚を決める大きな理由のひとつだったそうです。ところが結婚後、夫は年末年始の挨拶やお盆の帰省など、Mさんの実家に関わることをはっきりと拒むようになりました。理由は、「俺の家じゃないから」。
その言葉を聞いたとき、Mさんは、結婚前に見ていた夫の優しさは本当だったのだろうかと、強いショックを受けたといいます。「この結婚は失敗だったのかもしれない」と感じながらも、それだけを理由に離婚を決断することはできませんでした。
15年前、Mさんのお母さんが病気で亡くなったときは、さすがに夫も一緒に田舎へ行ったそうです。しかし夫は、「俺の親じゃないし、知り合いが誰かもわからない」と言い、ただそこにいるだけで、手伝いは一切しませんでした。
4年前にMさんのお父さんが亡くなったときも、状況は同じでした。お母さんの葬儀のときのこともあり、Mさんはもともと夫には何も期待していなかったといいます。そのため、葬儀屋さんとの打ち合わせや段取りはすべてMさんが行い、葬儀と納骨を終えました。その後の遺品整理や実家の片付けも、Mさんがひとりで済ませました。夫は手伝うことなく、先に帰宅してしまったそうです。
実家には、お父さんが亡くなるまで一緒に暮らしていた猫が残されていました。Mさんにとって、その猫はお父さんが大切にしていた存在です。当然、自分のもとで育てるつもりでいました。しかし、自宅には夫が溺愛しているトイプードルがいました。夫は「うちには無理だ」「捨ててこい」と、猫を引き取ることに強く反対したそうです。
「でも、娘と息子が『おじいちゃんの形見だよ。おじいちゃんの大切な猫は、うちで飼うべきだ』と言ってくれたんです。その言葉には夫も反論できず、父の猫を家に連れてくることができました」
Mさんは、ほっとした表情でそう話してくれました。
モラハラをする人がペットに向ける歪んだ感情
モラハラ傾向のある人の中には、自分に従順な相手や、自分の思い通りになる存在に対してだけ、強い愛情を向ける人がいます。ペットをとても可愛がる人もいますが、それが必ずしも「すべての命を大切にする」という感覚につながっているとは限りません。自分になついている、自分が可愛いと思っている、自分のものだと感じている。そうした相手には愛情を注ぐ一方で、自分の支配の外にある存在には、驚くほど冷たい態度を取ることもあります。
Mさんの夫にとって、家にいるトイプードルは「自分の大切な犬」でした。一方で、Mさんがお父さんの形見として連れてきた猫は、「妻が持ち込んだもの」としか見えていなかったのかもしれません。
「猫を飼うのは初めてだったので、その猫を迎え入れるために、ケージやトイレなどを準備するのは楽しい時間でもありました。そのおかげで、父を亡くした悲しみを少しだけ忘れることができたんです。でも、猫は家が変わって不安だったのか、最初はケージから出てこず、ご飯も食べない状態でした。それを見た夫は、『懐きもしない猫なんて可愛いと思わない。やっぱり保健所に連れて行くべきだ』と言い続けたんです」
お父さんが大切にしていた猫。Mさんにとっても、悲しみの中でようやく守ろうとしていた存在です。その猫に対して、夫が何のためらいもなく冷たい言葉を投げる姿に、Mさんは強い怒りと嫌悪感を覚えました。
「その言葉を言う夫を、人とは思えないほどでした。心の奥で、憎しみのような感情が湧いていました。でも、言い返せば何倍にもなって暴言が返ってくることがわかっていたので、何も言うことができませんでした」
モラハラをする人に、自分のつらさや悲しみをわかってもらおうとしても、うまく伝わらないことがあります。自分が言われる言葉にはとても敏感で、小さな言い間違いや、自分を否定されたと感じる内容には強く反応する。その一方で、自分が相手に投げかける言葉が、どれほど相手を傷つけているかには、あまり意識が向かない場合があります。
Mさんの夫が「保健所に連れて行くべきだ」と言った言葉も、Mさんにとっては決して忘れられないものでした。
相手にとって大切な存在を軽んじる言葉は、その人自身の心を踏みにじることにもつながります。夫のその言葉は、Mさんの中にあった「この人とはもう一緒にいられないかもしれない」という思いを、さらに強くしていきました。
猫は、環境が変わったことで強く緊張していたのでしょう。何も食べない日が2日続いたそうです。少しでも自分に慣れてもらえるように、Mさんはずっと猫のそばについていたいと思っていました。この猫を大切に育てることが、父への恩返しでもあると感じていたのです。しかし夫は、そんなMさんの気持ちをくむことはありませんでした。
「猫の世話なんてどうでもいいから、早く仕事に行けよ。仕事がたまってるんだよ。本当に無責任な女だ」
父親を亡くしたばかりのMさんが、どれほどつらい思いをしているのか。夫は、そこに思いを寄せようとはしていないように見えたといいます。
Mさんはこれまでも、思いやりのない夫と離婚したいと何度も考えてきました。けれど、実際に行動に移すことはできませんでした。その理由のひとつは、結婚するまでの経緯にありました。Mさんは、夫からの熱烈なプロポーズを受け、親の反対を押し切って結婚しました。自分が育った北海道から、駆け落ちのような形で東京に出てきたのです。
そのため、夫への不満を両親や地元の友人にはなかなか言えませんでした。「絶対に幸せになる」と言って家を出てきた手前、離婚したいとは言い出しにくかったのです。さらにMさんは、大学卒業後すぐに結婚していました。離婚後に仕事を見つけられるのか、自分ひとりの力で子どもたちを育てていけるのか。その自信を持てなかったことも、離婚をためらう大きな理由でした。
本編では、夫の会社で経理を任されながら、家庭でも夫のモラハラに苦しんでいたMさんのお話をお届けしました。父の葬儀や遺品整理をひとりで担い、父が大切にしていた猫を引き取ろうとしたMさんに、夫は「捨ててこい」「猫の世話なんてどうでもいい」と冷たい言葉を投げつけます。
▶▶猫が亡くなった日の、夫のあまりに非情な仕打ち。妻の中で「最後の情」が消えた瞬間
では、父の形見だった猫の死をきっかけに、Mさんが夫との関係に決定的な限界を感じ、離婚に向けて動き出すまでをお伝えします。




