
*TOP画像/藤吉郎(池松壮亮) 大河ドラマ『豊臣兄弟!』7話(2月22日放送)より(C)NHK
『豊臣兄弟!』(NHK総合ほか)ファンのみなさんが本作をより深く理解し、楽しめるように、40代50代働く女性の目線で毎話、作品の背景を深掘り解説していきます。今回は戦国時代における「おねと秀吉の結婚」について見ていきましょう。
格差を乗り越えて……当時24歳の秀吉と12歳のおねの結婚。その背景とは
『豊臣兄弟!』6話のラストでは、人質から無事に解放された藤吉郎(池松壮亮)が、寧々(浜辺美波)にプロポーズしていました。寧々は彼の言葉を受け入れ、二人は晴れて夫婦に……。そして、7話では、藤吉郎と寧々は祝言の前にケンカをしつつも、無事に仲直りし、家族からあたたかく祝福されていました。

寧々(浜辺美波) 藤吉郎(池松壮亮)ほか 大河ドラマ『豊臣兄弟』6話(2月15日放送)より(C)NHK
史実では、豊臣秀吉はおねと桶狭間合戦の翌年に結婚しました。当時としては珍しい恋愛結婚だったといわれています。このとき、秀吉は24歳、おねは12歳でした。
おねの結婚年齢におどろく読者は多いと思いますが、おねが当時において早婚だったわけではありません。
ちなみに、秀吉とおねの出会いは浅野長政の家だといわれています。詳しいことは分からないものの、組頭になったばかりの秀吉が浅野家で催された酒宴に参加した際に、おねと出会ったよう……。
この時代の結婚といえば、恋愛結婚ではなく、政略結婚が一般的であるというイメージですが、身分が下位の者は政略結婚に縛られることはさほどありませんでした。秀吉がおねと結婚できたのは、彼が織田信長の家来の中でも下位であったためです。
とはいえ、二人の結婚までの道のりは険しいものでした。おねの実家・杉原家は織田家の家来の弓衆で、秀吉よりは位が上でした。おねの母・朝日は秀吉の卑賎(ひせん)な出を理由に結婚に猛反対し、認めなかったと伝わっています。父・定利はおとなしい性格であったため、妻の意向に従わざるを得ませんでした。
おねは母に猛反対されていたものの、叔母の夫である武士・浅野長勝の養女となることで、秀吉と結婚することができました。
ちなみに、この縁組を進めたのは、秀吉自身でした。この頃、秀吉は信長に認められはじめており、周囲の協力も得られたため、縁組が見事成立したのです。
秀吉は身分が低かったものの、侍としての才能があり、人好きする性格であったため、おねと結婚できたともいえるでしょう。もし、秀吉が侍として有望株でなく、人望も薄ければ、おねと結婚できなかったかもしれません。
ちなみに、本作では、寧々は藤吉郎との結婚を両親に祝福され、母・ふく(森口瑤子)も娘の結婚を心から喜んでいました。一方、2002年に放送された大河ドラマ『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』(NHK総合ほか)では、おね(酒井法子)の母・たえ(八千草薫)は秀吉(香川照之)をあからさまに見下し、彼が出世してもなお毛嫌いしています。
板張りの上にわらを敷き…秀吉とおねの質素な祝言
秀吉について“成金趣味” “派手好き”というイメージを持つ人は多いと思います。
しかし、おねにプロポーズした頃の秀吉には経済的余裕はなく、祝言(結婚式)はつつましやかなものでした。板張りの上に藁(わら)を敷き、その上に薄縁(うすべり)のござを敷いた簡素なものでした。
なお、この祝言で仲人を務めたのは信長の母方の従兄弟・名古屋因幡守でした。
派手な祝言ではなくとも、大好きなおねと夫婦になれた秀吉は、幸せいっぱいだったに違いありません。
おねは秀吉の最高のパートナー
秀吉とおねは子どもを授からなかったものの、仲睦まじい夫婦でした。
秀吉は気が荒く、自己中心的なところもありましたが、彼のウィークポイントをフォローしたのがおねでした。
おねは秀吉の出世とともに周囲との付き合いが増え、豊臣家の外交官的な役割を担うようになりました。特に、北政所(きたのまんどころ)と呼ばれるようになってからは、朝廷や公家との交渉を一手に引き受け、良好な関係を築いたと伝わっています。
また、秀吉とおねは前田利家とまつの間に生まれた豪姫を養女として迎え入れ、大切に育てています。
当時、一家の当主だけが仕える相手(主君)と関係を築くのではなく、夫婦一体となって良好な関係を築く必要がありました。妻にも高い社交性や人間力が求められていたのです。
関白や太閤の妻は専業主婦でありながら、子育てを侍女に任せ、贅沢三昧で、好きなことばかりして暮らしていたわけではありません。夫とともにさまざまな仕事をこなしていました。
本編では、身分差を乗り越えて結ばれた秀吉とおねの結婚の背景と、戦国時代における夫婦の役割についてお伝えしました。
▶▶「どうせ無理」を超えてゆけ! 墨俣一夜城と“この世を見返す”男たち【NHK大河『豊臣兄弟!』7話】
では、侍大将となった藤吉郎が難攻不落の墨俣砦建設に挑む姿と、負け続けた者たちの再起、そして「近しいからこそすれ違う」心の行方についてお届けします。
<参考資料>
伊藤賀一(監修)『キャラ絵で学ぶ!豊臣秀吉』すばる舎、2022年
八幡和郎、 八幡衣代『令和太閤記 寧々の戦国日記』ワニブックス、2022年




