
日本人の閉経は平均して52歳前後。閉経の前後5年を更年期と呼ぶので、47歳から57歳がこの時期に当たる人も多いでしょう。フェムテック元年の2020年以降、日本でも更年期を取り巻く環境はやや良化したと感じますが、それでもまだまだ情報は取りにくく、助けも得にくいのが現状です。
ここまでご解説いただいてきた川崎医科大学総合医療センター産婦人科特任部長 太田博明先生は、冒頭から「更年期症状には生活習慣の影響を受けるような側面がある」と語っています。
「更年期症状とは毎日の生活の中で実感されている症状ですので、更年期障害が生活習慣病の範疇にあっても何ら不自然ではないと思っています。日常に感じる症状であり、所見と考えられないでしょうか?であれば、当然のことながら生活習慣と無関係なことはないはずです」
1990年代から現在まで一貫して日本の更年期医療、女性医学の先端に立ち続けてきた太田先生に「日本人女性の更年期、その特徴と解決に向けて」というテーマで5回に分けてお話を伺います。(1/2/3/4/5この記事は5回中の5回目)
フェムテックは日本の女性医療の何を変えてくれたのか?これから期待したいこととは
女性の重大な健康課題の1つである更年期を苦痛やストレスのない過ごし方に変えることで、その後のライフステージである高齢期における健康寿命が延びる可能性があります。先進国ではこの30年間、健康寿命が延びていません。しかし、日本の女性の平均寿命は40年間も世界一です。この長い人生を支えるため、更年期障害のコントロールのための生理学的な研究、特に遅れている基礎研究の進展が急務です。
そこでフェムテックが登場します。ひとことでフェムテックと言っても、専門家相談サポート、健康管理トラッキング、簡易検査、医療支援、その他いろいろな分野があります。月経、妊娠、産後ケア、更年期、婦人科系疾患、セクシャルウェルネス、女性医療(ウイメンズへルス)。
最近私は腟内フローラに興味を持って研究を進めて参りましたが、これらの分野のトラブルすべてに腟内フローラが関与しており、フェムテックにおける対応でもいろいろな対処法が出てきました。腸内フローラは生命にも関与するように、女性の腟内フローラは女性性そのものに関わりを持っているといっても過言ではないと思っています。
例えば、オンライン更年期相談の「TRULY」「よりそる」、サプリメントの「エクエル」などがフェムテックサービスとしての著名例でしょうか。
また、ホットフラッシュ対策のウェアラブルデバイスもあります。体温が上がると自動で下げるもので、手首の血管を冷やす仕組みです。
医学会ではあまり聞いたことがないと思いますが、企業の中ではホットフラシュによる体温上昇を薬に頼らず、コンピューターを内蔵した装置で感知し、上昇した体温を内臓した冷却装置によって降下させることを目指すとして取り上げられています。
ただ、ホットフラシュが高度で頻繁な欧米人には意義がありそうですが、日本人の多くがそうである「時たまのホットフラッシュ」にはそこまでの装置は必要なさそうです。このようにホットフラシュそのものにも人種差が存在致します。
当事者である女性たちが「つらいのだ」と声をあげていってほしい
大豆イソフラボン・エクオールを主成分とするサプリメント「エクエル」は2014年に発売されました。「ほてりの程度と回数」「首や肩のこりの程度」を有意に改善したという麻生・太田らの2011年のJ of Women’s Health に掲載されたデータがあります。さらに副次的な効果として、吉形・太田らの生活習慣病の発症抑制ともなる内臓脂肪の低下*1や、AGEs(終末糖化産物)の減少*2といった多彩な健康効果も2報が報告されています。
医学的には、日本人女性のホットフラッシュや肩こりは西洋人に比較すると強くはない、副次症状であると言われてきたのですが、当事者にとってはことほど左様に、更年期障害として耐え難いのです。そして、それが更年期障害なのです。女性を取り巻く周囲の人々や、我々医療者には、その理解が必要です。
課題もあります。「TRULY」や「よりそる」など企業が福利厚生として導入するBtoBのサービスは、企業の男性決裁者がなかなか採択してくれないのだそうです。更年期とは、その時期を過ぎると「そんなこともあったね」と振り返るくらいに変わりますが、それは通り過ぎることができた人だけが言えることであり、症状の嵐の渦中では多大なサポートが必要であることを理解してもらいたいものです
腟内フローラを整えるUREX®は反復性の膀胱炎までが視野に入る製品ですが、あまり取り上げられていません。フェムテック・フェムケアの高まりは一時ありましたが、参入企業は増えていません。「そう簡単には取り組めるものではない」というのが現実的に見えてきたのが、この5年ほどの現状かと思います。やはり、当事者である女性の患者さん達からの直接の声や、サポートする関わりが必要だと思います。
臨床試験の難しさもあります。エクオールの試験などでは、ほてりの回数が1日2回程度だとプラセボ群との差が出ません。これが更年期症状の難しいところで、じつはプラセボでもかなりよくなってしまうのです。3回以上だと有意差がつくのですが、ここに女性医学のサイエンスとは異なる別の難しさがあります。気持ちで変わる部分が相当あるのです。
エクオールは、更年期症状や閉経後の骨量低下に効果があるとされていますが、生殖器や乳がんには悪影響を及ぼさないとされています。天然のSERM(選択的エストロゲン受容体モジュレーター)に類似する作用機序で、注目を続けたいものです。
医師は更年期障害をどう扱ってきたのか?潮流はどう変化しているのか?
医師側の意識はどうでしょうか。2022年にNHK『みんなの更年期』という番組を若手ディレクターの市野凛さんが担当されました。番組内の医師に対する調査で、更年期の患者さんが婦人科以外に来院した場合、全科の医師のうち「自分で診る」と答えた医師が7割近くもいました。意欲的な内科の先生が多いことがわかります。更年期症状の初診時間は、半数が10分以下ですが、30分以上かける医師も10%います。治療の継続期間は2年以上が37%、半年以上(2年未満)が41%となっています。何はともあれ継続性があるということで、評価されて然るべきです。
治療法は、漢方が85%、HRT(ホルモン補充療法)が53%でした。症状が複数にわたるので、漢方薬の選択は妥当です。時には心療内科的な治療のサポートも必要であることから、妥当性の確認のためにSDS(自己評価式抑うつ尺度)などを使うこともあります。そのくらい幅広い診療内容なのです。
しかし、日本全体のHRT処方率は2%程度と低く、婦人科以外の科ではほとんど処方されていません。これは過去、アメリカのWHI(Women’s Health Initiative)研究での乳がん発生報告が医師たちの間でも後を引いているから。その後、当該研究の問題点が多数指摘され、発がんリスクは否定されたのですが、まだまだ忌避感があるのが実情です。「専門外だから」「詳しくないので処方しない」というのが、他科の医師がHRTを使わない主な理由です。
私自身も1991年、ホルモン補充療法中に実際に複数例の乳がんの増加を認めた経験があります。投薬による乳がんの発生が明らかでしたから、承知の上とはいえ忸怩たる思いでいたことを記憶しています。HRT(ホルモン補充療法)の乳がん発がんリスクに関する2025年時点の考え方としては、リスクはわずかで、過大評価すべきではないということは承知していますが、最後はHRTの有効性と乳がんの発がんリスクを個々の例で評価して、決断すべきであると考えています。更年期障害はエストロゲンを測れば判定できるという単純なものではなく、精神疾患との鑑別も難しいものです。問診に非常に時間をとられるため、時間対効果が経営的に合わないという側面もあります。簡単に言うと更年期を丁寧に診るクリニックは倒産しかねないのです。
さらに大きな問題です。更年期診療は医学部の学部教育にはないため、臨床現場で学ぶしかないのです。HRTでは卵胞ホルモンと黄体ホルモン、2種類のホルモンを使いますが、昔は教科書もなかったので、私自身はエストロゲンしか使わないような処方からスタートしました。その後、黄体ホルモンで子宮内膜を保護する手法が確立されてきました。子宮摘出者にはエストロゲン単独でよいので、乳がんリスクは少なく、黄体ホルモンも天然型が、経口よりも経皮が、各々安全性が高いことなどが次第に判明してきています。薬も、また処方する医師の知見も、時代とともに常に進化しているのです。
*1 Menopause 2019
*2 PLOS ONE 2021
お話/婦人科医・医学博士 太田博明先生
1970年慶應義塾大学医学部卒業。80年米国ラ・ホーヤ癌研究所訪問研究員、91年慶應義塾大学産婦人科講師、95年同大学産婦人科助教授、2000年東京女子医科大学産婦人科および母子総合医療センター主任教授。その後国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授、山王メディカルセンター・女性医療センター長就任し、19年より3年間藤田医科大学病院国際医療センター客員病院教授を兼務、21年より現職の川崎医科大学産婦人科学特任教授、川崎医科大学総合医療センター産婦人科特任部長を務める。日本骨粗鬆症学会元理事長、日本骨代謝学会および日本女性医学学会元理事・監事を務め、日本抗加齢医学会では元理事、前監事を務める。国内の女性医学のパイオニアとして今なお第一線での研究と啓蒙を続ける。1996年日本更年期医学会(現日本女性医学学会)第1回学会賞受賞、2015年日本骨粗鬆症学会学会賞受賞(産婦人科医で初受賞)、2020年日本骨代謝学会学会賞受賞(産婦人科医で初受賞)。著書多数、近著に『若返りの医学 ―何歳からでもできる長寿法』ほか。最新刊はPHP新書『死ぬまで歩ける骨をつくる!本当は怖い「骨卒中」の防ぎ方』。





