「何気ない食べ物の描写がおいしそうでお腹がすくので、食べる物を用意してから読みます」「自分にも起きそうなことが出てきて、ハッピーエンドなのにお腹には重たいものが残ります」……あまりにリアルな等身大の同世代女性が描かれているからこその反応でしょう。
さまざまなジャンルの執筆を手掛ける中、お金、食べ物、働き方、生き方など女性の日常にまつわる作品にも熱烈なファンを集める作家の原田ひ香さん。
最新刊『一橋桐子(79)の相談日記』は、ドラマ化も好評だった前作『一橋桐子(76)の犯罪日記』に続き、桐子さんが主人公。前作で「お金と老後」という切実なテーマで銀行強盗を企図した桐子さんが、今回は「限界団地の人間関係」に巻き込まれます。
私たちが生きていくさま、そのものを描き抜く原田さんに、作品の着想源や創作の秘密について語っていただきました。
「普通の主婦が1000万円貯める」という雑誌記事に驚き「小説にしたい」
――『三千円の使いかた』はオトナサローネ読者も編集部メンバーも全員が愛読者といってよい作品です。お金がテーマの作品ですが、この題材を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか?
デビューして2、3年めでしょうか、美容院ではじめて主婦雑誌を読みました。『サンキュ!』『ESSE』『すてきな奥さん』『おはよう奥さん』……まだ震災前の時期ですが、4人家族の専業主婦が年収200万円台でやりくりをしている。子ども2人がいて、しかも貯金までしている節約記事が載っていたんです。すごくびっくりして。『サンキュ!』の想定読者は小学校就学前の子ども2人がいる若い方だそうです。
当時、編集者に「こういうのすごくない? こういう世界知ってた?」と言ったら、同じ業界でも知らない人は本当に知らなくて。「絶対信じられません」と言う人もいました。編集者は年に2回は伊勢丹でめちゃくちゃ買い物する日がないとやっていられないと(笑)。
――なるほど……聞き手の私は主婦雑誌の編集経験もありますが、当時の雑誌社はどこも激務でお金を使う時間すらなく、きっと主婦雑誌の編集もみんな年に2回ほど伊勢丹に駆け込んでいたのではと思います。
そうこうするうち『1000万円貯めたい』という特集が組まれたんです。専業主婦、旦那さんの年収が200万円台や300万円台の家庭でも、1000万円貯めることができるという内容です。これはびっくりして「小説にしたい」と思いました。
当時はまだどういう小説にするかはっきりしませんでしたが、数年後に中央公論新社さんにお出しした企画の1つが節約小説だったんです。それを編集者さんが「これでいきましょう」と言ってくださって。
主人公を主婦1人にせず、家族全体を世代ごとに、20代で勤めている人、20代後半で子どもさんもいる方、私くらいの世代のお母さん、そしておばあちゃんという感じで描くと1冊の小説になるのではと考えました。雑誌の中でよい記事は切り抜いて保存していましたので、それも人物構想に役立ちました。
不倫や殺人ではなく、普通の奥さんの「お金」で小説を書きたかった
――主人公を1人にしなかったのはなぜでしょう?これは事実上2人の主人公が登場する最新作『一橋桐子(79)の相談日記』にも通じるお話です。
普通の奥さんって小説になりにくいんです。当時は「昼顔」のようなドラマが流行っていて、普通の奥さんが出てくると大体不倫している(笑)。ミステリなら殺人が起きればいいのですが(笑)、普通ということはドラマや小説になり得ない面があると思うんです。
ですが、お金を軸にすれば描けそうでした。『サンキュ!』を読んでいると、皆さんお金の面では多少不満はあるかもしれないけれど、お綺麗で可愛らしくて、旦那さんもイケメンで、かわいいお子さんがいて、素敵な家を建てて。普通の女性たちが「こんな風にやりくりしています」と、幸せそうな姿を描きたかったんです。みんな不倫ばかりじゃないよと(笑)。
――そもそも、お金を題材にした小説は意外とありませんでしたよね。
はい、男性の企業買収や銀行の話、大きなお金の動きを扱った作品はあるけれど、家の細々としたお金の話はなかったんです。ポイ活、昔はプチ稼ぎと言いましたが、それに投資の話、積み立てNISAやiDeCoなどの情報も入れて書いたところ、意外と皆さん知らないことも多かったようで大好評で。
そうして世に出した『三千円の使いかた』は、単行本もご好評いただきましたが、文庫になってからより大きく売れました。
*ここまでのお話ではお金をテーマとした作品を描く背景を教えていただきました。関連記事ではもうひとつの原田作品の魅力「食」のとっておきのお話、そして最新作について伺います。
▶▶「拾っちゃいかん」と言われた翌日、家の前にジャガイモの山が?原田ひ香さんが見つめた「食と暮らし、そして人間関係」
■最新刊のテーマは「限界団地」!
『一橋桐子(79)の相談日記 』原田ひ香・著 1,925円(税込)/徳間書店

原田ひ香
神奈川県出身、54歳。1994年大妻女子大文卒。結婚後、北海道帯広市に移り住み、独学でシナリオ執筆をスタート。2007年に作家デビューし、『はじまらないティータイム』で第31回すばる文学賞を受賞。祖母・琴子の言葉「三千円の使い方で人生が決まる」がキーとなる家族ドラマ『三千円の使いかた』がベストセラーに。