襲撃事件被害者の手記から思うこと | NewsCafe

襲撃事件被害者の手記から思うこと

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チュニジアの博物館襲撃事件に巻き込まれた女性が日本大使館を通じて複数のメディアに手記を寄せた。手記によりますと、女性は陸上自衛隊の3等陸佐という公務員ではありますが、母親とプライベートで旅行をしていたようです。

朝日新聞に掲載された手記(全文、原文ママ)を読むと、時間が経ったせいもあってか、事件に巻き込まれたときの様子が客観的に、そして冷静な内容になっています。途中から、マスコミの取材についても触れています。「日本人の現地コーディネーター」という存在が登場しますが、「日本テレビのインタビューを受けるように」と言っていたといいます。

外国の報道の場合、マスメディアには特派員が派遣されています。しかし、少人数であることや言葉の問題などから、現地の事情を知ったコーディネーターがいます。そのコーディネーターが現地の報道をチェックし、日頃の人脈を生かして、報道されるといったことは珍しくありません。

そのコーディネーターのマスコミへのつなげ方に、手記を寄せた女性は非常にショックだったようです。日本テレビのインタビューを受けたものの、そのままテレビで流していいかと確認されると、断ったということです。すでにNHKでは名前も顔も出ていると言われ、ショックを受けたというのです。

被害女性の側に立てば、海外でテロに巻き込まれ、パニックになっているときに、どのような取材を受けるべきかは、冷静な判断がつかないタイミングだったことでしょう。その意味では、NHKで流れているから、という理由で、別のメディアでも流していいという論理はあり得ません。

一方で、私も報じる側の人間ですので、こうした事件が起きた場合、被害者を探し、インタビューができたのなら、報じたいという論理もわかります。もちろん、私は活字メディアでずっと仕事をしてきていますので、映像や写真が必ずしも必要ではありません。そのため、取材したものをそのまま流してほしくない場合、取材された側の論理を考慮に入れることができます。ただ、その場合、現場の臨場感を出すことことには一定の制約が出ることになるでしょう。

今回の場合、朝日新聞の記者は、大使館職員を通じて、被害女性の取材が可能かどうかを聞いています。大使館が保護した相手の場合は正当な手順です。しかも、被害女性のインタビューがすでに報じられていたとなれば、取材ができると判断してもおかしくはありません。

また、大使館職員は被害女性に「朝日新聞の記者の方がインタビューをさせて欲しいと言っているが、受ける必要はない。体調も良くないし、インタビューがどう使われるかわからないし、あなたには断る権利があります」と言ったといいます。インタビューを「義務だと思っていた」被害女性にとっては嬉しかったようです。ただ、大使館職員の言葉が正確だとすれば、取材を断ることを促しているので、やや問題が残る気がします。

報じる側の立場では、取材し、報じるということ自体は毎日のことです。私も現場にいたら、被害者の声はなんとしても伝えたいと思ったはすです。一方、取材される側としては、テロとは言わないまでも、事件や事故に巻き込まれるのは、たいていは一生に一度あるかないかのことです。取材を受けるかどうかは、被害者の側の選択です。何かを話すとしても、このあたりの感覚の差を自覚しなかがら取材しなければ、乱暴な取材になりかねません。

取材はコミュニケーションの上に成り立ちます。ときには今回の被害女性のように傷つけることがあります。被害女性は今後、取材には応じない代わりに手記を寄せました。ビジネスとして考えれば、取材に応じないのなら、被害女性との関係をゼロにしてしまっても不思議ではありません。しかし、コミュニケーションとして考えるのなら、傷つけたのなら、修復したいと考えるでしょう。今回の場合は、顔を合わせたコミュニケーションになっていないようなので、それができるかどうかはわかりません。

私は東日本大震災の取材をしてきて、取材を断る人のなかには「すでにマスコミの取材で傷ついているから、どんな記者でも取材はうけない」と話す人がいました。何があったのかはわかりませんが、場当たり的な取材をしていると、こうしたマスコミへの不信を生み出します。一方で、「私の話を聞いてくれたのはマスコミだけだった」として、心理的に癒された人もいました。丁寧な取材ではこうした声が出てきます。

取材は主目的としては伝えることでです。相手を傷つけるためにあるわけではありませんし、癒すためにあるわけでもありません。しかし、伝えることのみを優先していれば、傷つけてもいいということにもなりかねません。私が最初にそれ感じたのが1994年の松本サリン事件でした。しかし、犯人視された第一通報者の絶え間ない努力もあり、マスコミとコミュニケーションが成り立ち、今では関係は修復しています。

被害女性の手記は、取材はどうあるべきかを改めて考えさせられました。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://magazine.livedoor.com/magazine/21)を配信中]
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