乙武さんの怒りと実名公表の是非 | NewsCafe

乙武さんの怒りと実名公表の是非

社会 ニュース
<今日は、銀座で夕食のはずだった>

こういう書き出しで、作家の乙武洋匡さんがツイッターでつぶやき始めました。銀座で好評のイタリアンレストランに予約し、行ってみると、入店を拒否されたというのです。「車いすなら、事前に言っておくのが常識だ」「ほかのお客様の迷惑になる」とも言われたのです。

<こんな経験初めてだ>

乙武さんは生まれつきの障害があるため、電動車いすを利用しています。「銀座での屈辱」。そう書くほど激怒しました。そして傷付いたのです。乙武さんのオフィシャルサイトによると、そのとき、店主との次のようなやりとりがありました(「イタリアン入店拒否について」より)。

店主「エレベーターが2階には止まらないって、ホームページにも書いてあるんですけどね」
乙武さん「ああ、そうでしたか。僕、今回は『食べログ』を見てお電話したので……」
店主「何を見たかは知りませんけど、予約の時点で車いすって言っとくのが常識じゃないですか?」

さらに続いた。

店主「車いすのお客様は、事前にご連絡いただかないと対応できません」
乙武さん「あ、でも、車いすは置きっぱなしで、友人の体を抱えていただくだけでいいんですけど」
店主「ほかのお客様の迷惑になりますので」

この店はエレベーターが止まらない二階にあります。店舗情報にその旨が書いてあります。乙武さんはそこまで調べていませんでした。この店は「食べログ」では★が四つ付いている。「大きくゆったりしたカウンター6席、テーブル席は4名様用と2名様用で構成」などとはありますが、エレベーターに関してはは「店舗基本情報」にあるだけ。投稿にもエレベーターの件について書いているのは、15件中2件でした。そのため、見落としても仕方がないでしょう。

「食べログ」でお店を探すとき、そこまで細かい情報を見る人は少ないだろう。乙武さん自身も「自分で店を予約する際、あまりバリアフリー状況を下調べしたことがない。さらに店舗に対して、こちらが車いすであることを伝えたことも記憶にない」(「イタリアン入店拒否について」)と書いています。

乙武さん側からすれば「これまで困ったことがなかった」ために、「段差だらけの店であっても座席まで抱えてくれる」と思っていた。しかし、今回は違った。時間は19時過ぎ。レストランからすれば、最も忙しい時間帯だ。小規模の店舗のため、スタッフも限られる。そんな条件下だった。

車いすユーザーの入店を拒否するのは障害者差別か。これは難しい問題であり、単純化させて議論ができるテーマではないと思います。もちろん、これが公的機関や公共交通機関であれば、原則的には車いすユーザーであってもアクセスが可能にしなければいけないでしょう。しかし、現在の段階で民間レベル、しかも小規模の店舗にまでそれを適用するのはあまりにも日本社会が準備不足です。そのため、差別や排除と言い切ることができないのではないかと思えます。

そもそもいったいどんな階段で上がるのかも気になる。スタッフが抱きかかえることができるのか。この"騒動"の翌日、話題になった店にライターのつぶやきかさこさんが取材し、ブログ( http://kasakoblog.exblog.jp/20523301/ )にアップしています。これを見ると、入り口から段差で、通路も狭く、階段も急な印象がある。スタッフが対応できないわけではないことがわかります。

ただし、対応すると、他の客への対応が遅れます。そのため、きちんと対応するためには、人員が必要となります。予約したときに、車椅子ユーザーのために、特別なシフトを組むこともできたかもしれません。もし、予約時に「車椅子」であることを告げていたら、今回の騒動は変わっていたかもしれません。もちろん、告げなければいけない今の日本社会の余裕のなさを変えなければならないとは思います。

私が最も気になった点は、乙武さんの怒りそれ自体ではありません。乙武さんがその店の実名を明かしてtweetをしたことです。フォロワーは60万人を超えています。売れている週刊誌の読者並みです。一つのメディアでもある乙武さんの影響力は非常にあります。店を匿名にしても問題提起ができたはずです。実名でなければいけなかったのでしょうか。

もちろん乙武さんの意図は「店をさらすこと」ではなく、「僕のように、こんなに悲しい、人間としての尊厳を傷つけられるような車いすユーザーが一人でも経るように」という思いだったのです。しかし、それは店名を書くこととは無関係です。そのことについて乙武さんは「あの日の僕は、あきらかに精霊な判断能力を失っていた」としています。

最後に、この影響は他の飲食店(特に小規模の)にも心理的な影響を与えていることと思います。私も歌舞伎町で飲食店に関わっています。その一角に車椅子で来ること自体、大変な思いをするはずな場所にあります。店の前に来れたとして、電動車いすだと上がれません。そうした店舗は歌舞伎町にはごろごろしています。入店を断ることになった時、どのように説明するかも、店側の力量が問われることになります。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://magazine.livedoor.com/magazine/21)を配信中]
《NewsCafeコラム》
page top