まぶたを腫らした屈辱を力に | NewsCafe

まぶたを腫らした屈辱を力に

スポーツ ニュース
髙瀬愛実は『目標は世界一になること』と、なでしこリーグのルーキーイヤーから語っていた。まだ、あどけない表情の18歳の少女が豪語する目標。当時は、単なる夢物語に過ぎないと思われていた。

2009年に北海道文教大明清高からINAC神戸に入団。新人ながらFWとして、なでしこリーグ19試合出場16得点という驚異的な結果を残した。リーグ新人王を獲得して、得点ランキング2位をマークして、一躍女子サッカー界に名を知らしめた。

実は、高校時代までほぼ無名の選手であった。北海道女子サッカーリーグで2年連続得点王になった経験はあるものの、年代別代表に選ばれることもなかった。しかし高校卒業前に練習を視察に訪れた、当時のINAC神戸の監督・田渕径二氏に見出され、入団を認められた。相手をなぎ倒してでもゴールに向かう身体の強さを買われてのことだった。

2010年1月、念願の代表デビューを果たす。しかし、なでしこジャパンには、永里優季や安藤梢など素晴らしいFW陣が揃っている。そこに割って入ることは非常に難しいことだ。佐々木則夫監督は、髙瀬にFW以外のポジションで経験を積ませることを考えていた。そのため、MFでもプレーする機会も増えていった。

2011年ドイツ女子W杯のメンバーに選ばれたが、準決勝のスウェーデン戦に86分から途中出場するのみだった。なでしこジャパンは決勝でアメリカにPK戦で競り勝って、優勝を決めた。

初優勝の喜びに沸く決勝戦後、髙瀬は涙をこぼしながら取材に応えた。
「目標の世界一になったのに、世界一のメンバーだと言えるようなことが、何もができなかった」とうつむいた。わずか1試合、5分程度しかピッチに立つことのできなかった悔しさからだった。

2011年9月に行われたロンドン五輪アジア最終予選の最後のゲームである中国戦。久々にFWのポジションに入り、時折チャンスを作ったが無得点に終わった。試合後、予選を戦い終えてホッとするチームメイトのなかで、ひとり泣きじゃくった。

「本来のポジションで使ってもらったのに、仕事ができなくて悔しい」と、まぶたを腫らしながら報道陣の前に現れた。W杯ではなかなか試合に出られず、出場したとしても不慣れなポジションでの出場が重なったことで、自分を見失っているかのように見えた。

だが、今年3月5日のアルガルベ杯でのアメリカ戦。これまで一度も勝てなかった女王アメリカに対して、殊勲の決勝ゴールを挙げた。宮間あやからのコーナーキックをヘディングで押し込んでのものだった。「セットプレーからだったけど、1つ結果が残せてよかった」と、ホッとした表情を見せた。その時のポジションはボランチだった。佐々木監督は試合後に「パスの精度も運動量も良かった。マルチ高瀬ですね。いろんな大会で涙したことが、ゴールに繋がったと思う」と、高く評価した。

今季のなでしこリーグではINAC神戸の右サイドのアタッカーとして、得点ランク3位につけて好調なプレーをみせている。以前まではフィジカルの強さを生かして、強引な突破が目立ったが、今は相手を巧みにかわすシーンも増えた。大人の駆け引きができる、成長した姿がそこにはあった。髙瀬自身も「右サイドでも、どのポジションでも自分らしくやっています。チームでも代表でもポジションは違っても、自分が持っているストロングな部分は変わらないと思うから」と、胸を張る。

まだ21歳だが涙が彼女を強くさせ、成長させてきた。いつの間にか大人の表情をするようになった髙瀬の背中が頼もしく見えた。

[女子サッカーライター・砂坂美紀/ツイッター http://twitter.com/sunasaka1]
《NewsCafeコラム》
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