2000本安打、縁と趣味 | NewsCafe

2000本安打、縁と趣味

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4月28日、Kスタ宮城で日ハム稲葉篤紀がプロ野球史上39人目の2000本安打を達成した。
それから6日後の5月4日、神宮球場でヤクルト宮本慎也が40人目の2000本安打を達成。ともにヤクルトに同期入団し、18年の年月を掛けての成就となった。同期入団で同時期達成は、珍しいケースと言える。


稲葉は中京大中京時代に夏の甲子園愛知県代表をかけて愛工大名電と決勝で戦いイチローの名電に敗退した。
その後法大に進み中軸として活躍。たまたま明大野球部の愛息の試合を見に来ていたヤクルト野村監督の前で、稲葉は本塁打を打つ。翌日も連発。ヤクルトは左の外野手として獲得。24時間練習漬けと言われるほどの練習熱心が監督を動かす。早くから出場機会に恵まれ、中堅打者として成長した。

稲葉が大打者として注目されだしたのは、05年に日ハムに移籍してからだ。腕をコンパクトにたたみ体に巻きつくようなスイングで内角速球を打つのが巧かったが、変化球に弱かった。日ハムに移籍して変化球への技を磨き、今では球界NO.1のカーブ打ちとも言われる。07年には首位打者。相手投手の投球術の読みも上手く、得点圏打率は高く、勝負強い打者としてエース級にも嫌がられる。WBCや北京五輪でも中軸として活躍した。年々上達する打者稲葉にとって2000本は単なる通過点だろう。

宮本はPL出身。87年に立浪・野村らを擁し春夏連覇。宮本は1年後輩だが、守備の良さで連覇を味わった。同大、プリンスホテルと進み、ヤクルトに入団した。1年目のヒットは11本。「打てない、守備の人」で自衛隊と言われたが、監督からは「状況に応じて常にチームのプラスになる打撃」を徹底させられた。

さらに99年、中西太臨時コーチと出会い打撃を進化させる。
ピッチャーズマウンド4m前からの投げる球を内角、外角に関わらず右方向に打つ。広角打法を身につけた。翌年には前年より19本多い143安打、初の3割を記録。以降はコンスタントにヒットを打つ。派手な打撃部門での記録は無いが、ゴールデングラブ賞9回の守備の人が、18年積み重ね2000本安打を記録したことは、感慨深いだろう。人望の厚い宮本はWBC、五輪の欠かせない存在でアテネ、北京では続けて日本の主将を務めた。

野村監督は「稲葉とは縁」を感じ、「宮本は趣味」で取ったと言う。
東京6大学野球を見たときに連日本塁打を打った稲葉。センターラインの守備を強化したかった監督は「打撃は二の次でいい」と宮本と捕手の古田を獲った。ともに野村監督に見出され、ヤクルトに入団。

2人に共通するのは、練習熱心、研究熱心。特に野村ヤクルト全盛時に入団し、数度の日本一を経験。ID野球を肌で感じ取った。「for the team」。それを目指し野球道を極めれば極めるほど、技術は磨かれ、読みも鋭くなる。それが打撃に活かされる。そして非凡とはいえないバッターたちを2000本安打記録者に導いた。野村克也と言う良き指導者に恵まれたと言えるだろう。野村、星野、落合ら口うるさい先輩たちも、2人は明日にも監督ができると賞賛する。

古田と並び、いずれはどこかの監督に納まるだろうが、それまでは職人芸のバッティングを見せ続けて欲しい。

[ビハインド・ザ・ゲーム/スポーツライター・鳴門怜央]
《NewsCafeコラム》
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