釜石の奇跡~津波防災教育と心のケア~ | NewsCafe

釜石の奇跡~津波防災教育と心のケア~

社会 ニュース
岩手県釜石市で8月1日、「津波防災教育研修会」がありました。
前半は、今回の東日本大震災で市内の小中学校でどのような対応ができたのか、ということをふまえた上で、今後の津波防災教育のあり方について話し合い、後半は被災した子どもたちの「こころのケア」について、現場の教師がどのような対応をすべきかを考えました。

釜石市の釜石港湾口防波堤は、世界最大水深(水深63m)で、2010年7月に、ギネス世界記録に認定されていました。しかし、3.11の東日本大震災では、津波により決壊。ただ、市街地への浸水を6分間遅らせた効果はあったとも言われています。市街地のアーケードが残ったのもそのためだと言われています。

釜石市によると、死者/行方不明者をあわせると、1296人。しかし、小中学生は5人が死亡、教師が1人死亡したものの、小中学生のほとんどは無事だった…私がこの「研修会」を取材したのは、数日前に釜石市教育委員会で、これまでの津波防災教育がどのようにされてきたのかの話を聞いて、研修会があることを知ったのです。いわゆる「釜石の奇跡」とも言われた、鵜住居小学校と釜石東中学校の避難の背景に、どのような教育があったのかを知りたかったのです。

釜石市には「津波防災教育のための手引き」があります。これは文科省の「防災教育支援推進プログラム」によるもので、群馬大学災害社会工学研究室の協力で作られています。この教育の基本は、「釜石に住むことは津波に備えるのは当たり前」という文化をつくるとともに、「津波はたまに来るけど、釜石はこれほどまでに魅力的な郷土である」という郷土愛を育むことにあるのです。

特に話題となったのは、「想定を信じるな」「最善をつくせ」「率先避難者となれ」という3つの原則です。鵜住居小では津波に備え、3階に避難します。しかし、隣の釜石東中の生徒が外に逃げているのを見て、鵜住居小でも学校外に逃げることを決意します。その途中、中学生が小学生の手をつないで逃げる姿がありました。

ただ、被災の内容が、家が流出した、家族が亡くなった、親の仕事がなくなった、何も被害はない、といった格差もあるために、今後の津波防災教育の難しさと、こころのケアをどうすべきかが課題になっています。

「心のケア」に関しては、岩手県の「心のサポートチーム」の、山本奨岩手大学准教授が解説をしました。震災後の「ストレス反応」は誰にもあるが、その後に現れる可能性がある「トラウマ反応」を防ぐようにするのか、といったことを丁寧に話していました。

「心のケア」に関しては、様々なことが言われています。ある精神看護学の専門家は、阪神大震災の時、心のケアを意識しすぎたために、かえってトラウマを作ってしまったのではないか、という反省があると言っていました。研修会後、そのことを山本教授に質問してみました。

「心の問題は、言葉を介してされることが多い。つまり、言葉世界なんです。主観的な世界の出来事でもある」

たしかに、メンタルヘルスの取材をしていると、当事者が把握している「真実」は、事実とは必ずしも一致しません。たとえば、ある当事者が「私は親に大切にされていない」と感じているとしましょう。しかし、親は「大切にしている」と思っていたりします。ただ、親が「大切にしている」方法では、当事者は「大切にされていると感じない」のです。

こうした話を聞くと、言葉による固定化が進みます。これまで取材をしてきた中でもそれは感じることがあります。

たとえば、ある出来事によって、「いじめを受けた」と感じることがあったとします。いじめは一般にネガティブなことですから、孤立感を抱くことがあります。そのストレス反応として、リストカットをするとします。それによって落ち着くことがあります。そのことをブログなどで書いたりします。するとそれが本人の主観的な世界では「リストカット=落ち着く手段」になったります。

さらにそのブログを読んでいる人の中で、いじめを受け、ネガティブな気持ちになっている人が「落ち着きたい」と思っていて、その方法を探しているとします。「リストカット=落ち着く」というメッセージを受け取ったら、リストカットがその手段になったりします。

山本教授はこう述べました。

「震災による心の影響がすべてトラウマになるのではありません。言葉世界を固定化させることがよくないのです」

私は納得してうなづいていました。すると山本教授は「どうして話が通じるのですか?」と不思議そうな顔をしていました。
私が「これまで、子どもや若者の自殺やメンタルヘルスの取材をしてきまして…」と言うと、「そうなんですか。たしかに、震災被害の心の問題は、自殺の問題と似ていますね。どちらも、主観的な言葉世界の問題でもありますね。いま気づかされました」と話していました。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://foomii.com/mobile/00022)を配信中]
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