首に頑丈な首輪…何かがおかしい「家族の時間」『HEEL/ヒール』シーン写真&ヤン・コマサ監督声明文も | NewsCafe

首に頑丈な首輪…何かがおかしい「家族の時間」『HEEL/ヒール』シーン写真&ヤン・コマサ監督声明文も

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『HEEL/ヒール』
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ポーランドの鬼才ヤン・コマサ監督最新作『HEEL/ヒール』より、シーン写真とヤン・コマサ監督の声明文が解禁された。

第50回(2025年)トロント国際映画祭に正式出品された本作は、暴力に明け暮れる19歳の青年トミー(アンソン・ブーン)がクリス(スティーヴン・グレアム)、キャスリン(アンドレア・ライズボロー)の夫婦と、幼い従順な息子ジョナサン(キット・ラクセン)の一家に監禁され更生を強制される、異色の監禁スリラーだ。

この度解禁されたシーン写真は全10点。リビングで家族と団欒するひとときや、子どもとゲームに興じる姿、ベッドルームで過ごす日常の一場面、さらには青空の下で楽しむピクニックまで、一見すると穏やかで何気ない「家族の時間」が切り取られている。

だがしかし、どの瞬間にも、トミーの首元には頑丈な首輪が嵌められ、強固な鎖が繋がれており、日常の風景にあまりにも自然に溶け込んだ異様な光景が、観る者に強烈な違和感を突きつけるカットとなっている。

併せて、本作の監督、ヤン・コマサの声明文も解禁。「たとえ自由でも誰にも見られずにいるのならその自由に意味はあるのか? 自由の中で孤立したまま生き続けたいと思うのか? それとも絶え間なく庇護され安らぎを得られるのなら自由をも放棄するのか?」

監督が投げかける<自由>と<庇護>をめぐる問いとともに、トミーを待ち受ける衝撃の物語に注目が集まる。

ヤン・コマサ監督 声明文(全文)
私が考え続けている挑発的な問いから本作は生まれた。
注目されることに飢えた世界。たとえ自由でも誰にも見られずにいるのならその自由に意味はあるのか? 自由の中で孤立したまま生き続けたいと思うのか? それとも絶え間なく庇護され安らぎを得られるのなら自由をも放棄するのか?

この物語はポーランドの新人脚本家によるものだ。彼は執筆当時、IT企業でビッグデータを分析しており、コンピューターと不安定な契約に縛られた数百人のうちの1人だった。彼が書き上げた脚本は残酷で不条理。何かの物真似ではなく本物だった。まるでダークな寓話だ。そのテーマは『自殺ルーム』や『聖なる犯罪者』以来、私が追い求めてきたものと結びついてもいた。私たちを守りもするが閉じ込めもするシステムとしての家族や共同体、というテーマだ。

ワルシャワの伝説的なスタジオで撮影した。25年前、テレビ番組『ビッグ・ブラザー』のポーランド版で15人の参加者が自ら進んで監禁されたスタジオでもある。このスタジオ以外の撮影はイギリスのヨークシャーで行われ、『嵐が丘』を思わせるメランコリックな風が映画の中に吹き込まれるかのようだった。スティーヴン・グレアム、アンドレア・ライズボロー、そしてアンソン・ブーンと共に、愛と独裁、沈黙と暴力の紙一重の境界を探ろうとした。イギリスとポーランドの妥協なきブラックユーモアを盛り込み、挑発的で、道徳のグレーゾーンに宙づりになったような作品を目指した。過剰なほど緻密で、不条理で、観客を不安にさせるような作品にした。中央ヨーロッパ的な感性と、英国ゴシックらしい抑制が混じっている。その結果として生まれたのがこの謎めいたドラマ、手錠にかけられた道徳劇だ。無制限の自由という牢獄か、それとも危うい庇護か。その選択は私たち自身を規定する。


『HEEL/ヒール』は11月27日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開。

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《シネマカフェ編集部》

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