モラハラ・夫婦問題カウンセラーの麻野祐香です。
ふとした行き違いで、突然怒鳴られる。
説明もされず、一方的に責められる。
「そんなことで、どうしてこんなに怒られるの?」
最初はそう疑問の思えていたとしても、怒られる理由も、自分の感情も、次第にわからなくなっていくのです。
日常のなかで繰り返される理不尽な怒りにさらされるうちに、人は「怒られないように行動しなきゃ」と、自分の気持ちを無視するようになっていきます。
今回は、そんな理不尽な怒りを何度も浴びるうちに、心が限界を迎えてしまったA子さんのケースをご紹介します。
※本人が特定できないよう設定を変更してあります
※写真はイメージです
夫が勝手に決めた“鎌倉行き”で起きたこと
「明日、鎌倉に行くぞ」
夫が一方的に決めた予定。いつものことです。
しかも、車で行くというのですが、休日の鎌倉は渋滞がひどく、駐車場も高額です。正直に言えば、電車で行ったほうが楽だと思いました。でも、夫に意見すれば何を言われるかわからない。私は黙って従いました。
当日、夫は「いざ鎌倉だな!」と上機嫌で車を走らせていました。けれど、鎌倉に近づくにつれて渋滞がひどくなると、雰囲気が一変。
「なんでこんなに混んでるんだよ!」
「車で鎌倉なんか来る奴はバカだろ!」
自分のことを棚に上げて、イライラをぶつけてきます。
ようやく鎌倉に着いたものの、今度は駐車場が見つからず、夫の苛立ちはさらに加速。無言で舌打ちし、ハンドルを乱暴に叩き、周囲の空気がピリピリと張り詰めていきました。
少し離れた駐車場にようやく車を停めると、ようやくその怒りの空気から解放された気がしました。鶴岡八幡宮周辺や小町通りは観光客でごった返していましたが、私は子どもと一緒に、見たことのないお店やにぎやかな風景にワクワクしながら歩いていました。
ところが夫は、周囲の人混みに眉をひそめ、
「人が多すぎる」「何が楽しいんだか」
と文句ばかり。
誰かと肩がぶつかれば相手を睨みつけ、まるで“楽しもう”という気配はありません。
「だったら、来なければよかったのに」
そう思いましたが、そんな言葉を口にしたら、きっとすべて私のせいにされる。
私は夫の不機嫌から目をそらし、ただ子どもたちの楽しそうな様子だけを見つめていました。
「なぜ降りなかったんだ、バカか!」夫の怒りが爆発した瞬間
夫は突然、「今から江ノ電に乗る」と言い出しました。
「江ノ電に乗って、大仏を見に行くぞ」と、何の前触れもなく予定変更を告げてきたのです。
私は正直、もうこれ以上人混みに行くのはうんざりしていました。でも、夫の決めたことに反論すれば、どんな目に遭うかわかっています。そこで私は気持ちを切り替え、子どもに笑顔で伝えました。
「電車に乗って、大仏様に会いに行こうね」
子どもは大喜びで、「電車だ!大仏様に会えるんだ!」とはしゃぎ、その様子を見た夫も満足げに笑っていました。ところが江ノ電は想像以上に混雑しており、私は前抱っこをしたまま、車内の奥へ奥へと押し込まれてしまいました。
立ち位置は自然と夫と離れ、見える位置にもいません。
しかも、どの駅で降りるのかも、夫から一言も言われていなかったのです。私は「降りる時には声をかけてくれるだろう」と思っていました。
ぎゅうぎゅう詰めの車内では、子どもが騒がないようにすることで頭がいっぱい。周囲に迷惑をかけないよう、子どもの様子に神経をとがらせていたのです。
長谷駅に到着したとき、乗客の乗り降りでさらに混乱し、身動きすら難しい状況でした。
「まさかここで降りるのかな?」と思ったその瞬間、ふと窓の外を見ると……ホームの上に、鬼のような形相をした夫が立っていたのです。
その顔は怒りにゆがみ、口元ははっきりと「なぜ降りなかったんだ、バカか!」と動いていました。
血の気が引きました。心臓が凍るような感覚……けれどその瞬間、扉は閉まり、電車は無情にも走り出してしまいました。
次の駅で降りると、すぐに夫から電話が鳴りました。電話口からは怒気を含んだ声で、
「今すぐ戻ってこい」
という命令の言葉。説明する余地など一切ありませんでした。
「戻ったら怒鳴られる。でも、戻らなければもっと大変なことになる」
そう思った私は、子どもを不安にさせないように笑顔を作り、
「ママ、駅通り過ぎちゃったみたい。反対側の電車に乗ろうね」と声をかけ、再び混雑する電車に乗り込んで、夫のいる駅へと引き返しました。
大仏を前に、まったく笑えなかった
長谷駅にいた夫は、拳を握りしめ、怒りに震えていました。
「どうして、たったこれだけのことで、ここまで怒るのだろう」
降りる駅を間違えただけ。無事に合流できたのだから、本来なら「大変だったね」「でも会えて良かった」と、笑い合えるような出来事のはずです。
それなのに夫は、自分の計画が狂ったことに苛立ち、思い通りに動かなかったA子さんへの怒りを、際限なく膨らませていったのです。顔を合わせた瞬間に飛び出したのは、「バカか!」「くそが!」という罵声。
A子さんは何も言い返せませんでした。そのまま無言のまま、夫と並んで鎌倉大仏へ向かいました。
晴れた空の下、観光客でにぎわう小町通りを歩きながらも、A子さんの胸の内には、ずっと重く息苦しい緊張感が漂っていました。
「またいつ怒鳴られるかわからない」
その不安が心を支配し、子どもを遊ばせていても、気が休まることは一瞬たりともなかったといいます。
やがて夫が「ここでコーヒーでも飲もうか」と声をかけてきましたが、A子さんはその言葉すら怖く、返事はしどろもどろ。自分の声がうまく出ないことに、自分で気づくほどでした。
「もう、とにかく帰りたい。それだけでした」
再び混雑する江ノ電に乗って鎌倉駅に戻ると、駐車場までの道すがら、夫はこう言いました。
「お前がちゃんと電車を降りなかったから、こんな時間になったんだ」
どれほどA子さんが子どもを抱え、混雑の中で気を遣いながら動いていたかなど、一切気にかける様子もありません。
A子さんが「私も子どもをずっと抱っこしていて、腕が痛いの。ちょっと歩くペースをゆっくりにしてくれない?」と伝えた瞬間、夫はこう返してきました。
「全部お前が計画した鎌倉だろ? 俺が付き合ってやってんのに、いい加減にしろよ」
まるで、最初からA子さんがこの旅行を無理やり押しつけたかのような口ぶりでした。
本当は、すべて夫が一方的に決めたことだったにも関わらず、「俺が付き合ってやった」という恩着せがましい物言いで、責任をすり替える……。これが、モラハラ加害者によく見られる「記憶の改ざん」です。
「この直後、私は限界を迎えて、ある場所に向かうこととなりました」
本編では、鎌倉旅行をきっかけにあらわになった夫の理不尽な怒りと、「記憶の改ざん」によってすべてを妻のせいにするモラハラの実態をお伝えしました。
▶▶「もう限界」怒鳴られながら電車に乗った私が、夫を振り切って向かった先と“支配の鎖”を断ち切った瞬間
では、怒鳴り声に背を向けて「家以外の場所」へと向かったA子さんが、自分の人生を取り戻すまでの道のりをお届けします。