モラハラ・夫婦問題カウンセラーの麻野祐香です。
今回は、夫の定年が近づくにつれ体調を崩し、「離婚」ではなく「別居」という形で心身を守ることを選んだ 58 歳の女性・Sさんのケースをご紹介します。
モラハラだと気づかずに過ごした 34 年間
Sさんが結婚したのは 24 歳のとき。同じ会社の先輩だった夫は、頼りがいのある素敵な男性に見えました。交際半年でプロポーズされ、Sさんは寿退社を選択して専業主婦になりました。長男・長女にも恵まれ、にぎやかな家庭に喜びを感じていたといいます。
しかし夫は仕事一筋で、家事や育児にはまったく参加しません。Sさんが体調を崩しても、子どもの悩みを抱えても、夫に相談することはできませんでした。
夫の態度はどこか支配的で、Sさんが相談すると
「こんなこともできないのか」
「誰のおかげで生活できていると思っているんだ」
と冷たく言い放つため、いつしかSさんは怖くて言葉を飲み込むようになりました。
「専業主婦なのだから、家庭のことはすべてやるのが当然だ」
そんな無言の圧力のもと、否定され続けた Sさんの自己肯定感は次第にすり減っていきました。
大声で怒鳴るわけでも、手を上げるわけでもない。しかし、相手の言葉や存在をじわじわと否定し続けるのもモラハラの一形態です。こうした静かな支配は 「サイレントモラハラ」 と呼ばれます。
子育てが終わって、ようやく見えた「自分の心」
Sさんは長いあいだ、こう自分に言い聞かせてきました。
「庭付き一戸建てに住めるのも、何不自由なく暮らせるのも、すべて夫のおかげ。専業主婦でいられるのだから、私は感謝しなければ」
そうやって感情にフタをし、毎日をやり過ごしてきたのです。
ところが、子どもたちが独立し、夫の定年が近づくにつれて Sさんの体に異変が起こり始めました。頭痛・めまい・動悸・吐き気……起きているのもしんどく、寝込む日が続きます。病院では「更年期かもしれませんね」と言われ、ホルモン療法も試しましたが、一向に良くなりません。
そんなとき、診察した婦人科の女医が Sさんに優しく訊ねました。
「ご家庭やご主人との関係で、何か強いストレスはありませんか?」
安心できる雰囲気に背中を押され、Sさんの心の扉が少しずつ開いていきます。そして、ふっと口をついて出たのが次の言葉でした。
「実は……夫の定年が怖いんです。これから毎日、朝から晩まで一緒にいると思うだけで息が苦しくなるんです」
女医は静かにうなずき、こう説明しました。
「それは“夫源病(ふげんびょう)”と呼ばれる状態かもしれませんね」
夫源病とは
夫源病とは、夫の言動や存在そのものが慢性的なストレスとなり、妻の心身に不調が表れる状態を指します。医学的な正式名称ではありませんが、実際には自律神経の乱れ、不眠、動悸、胃腸の不調など身体症状が出るケースが多く、決して見過ごせない問題です。
もともと「夫が定年退職し、一日中家にいるようになった」ことが引き金になる例が多く、
熟年離婚の背景にあるストレス要因として語られることも少なくありません。
Sさんの体調不良も、長年にわたり“夫への恐怖心”をごまかし続けた結果、心と身体が悲鳴を上げたものだったのです。
妻を夫源病へ追い込む「夫の特徴」5つ
1.威圧的な態度でプレッシャーをかける
大声で怒鳴る、無言でにらみつける、物に当たる——暴力こそ振るわなくても、こうした威圧的な言動は妻に強い緊張を与えます。夫の機嫌を常にうかがわなければならない家庭は、もはや“安心できる場所”ではありません。
2.矛盾を指摘されると“逆ギレ”する
「この前は違うことを言っていたよね?」と問いただすと、「うるさい」「覚えていない」と逆上するタイプの夫。妻は“正しさ”ではなく“夫の機嫌”に合わせることを優先するようになり、自分の感情を押し殺していきます。
3.妻を“感情のゴミ箱”にする
仕事の不満、体調の悪さ、社会への苛立ち——あらゆるストレスを家庭に持ち込み、すべて妻にぶつけて発散。夫は一時的にスッキリするかもしれませんが、妻は一方的にストレスを受け止め続け、心身をすり減らしていきます。
4.感謝も評価もしない
家事や育児をどれだけ頑張っても「やって当たり前」。労いの言葉はなく、認めてもくれない——その積み重ねが妻の自己肯定感を削り、「自分には価値がないのでは」と思わせてしまいます。
5.外面は“良い夫”、家庭内では冷淡・支配的
職場や友人の前では優しい夫を演じるのに、家の中では無関心か、あるいは支配的。外と内のギャップが激しいほど、妻は「私の感じ方がおかしいのかも」と自分を責め、孤立しやすくなります。
これら 5 つの要素が重なると、妻は慢性的な自己否定と不安の中で生活することになり、やがて頭痛・動悸・めまいなど、夫源病に典型的な身体症状が現れやすくなります。モラハラと同じく、相手の言動が長期にわたり心身を追い詰めることが最大の特徴です。
本編では、夫の定年を目前に体調を崩し、『夫源病』に気づいたSさんの姿をお届けしました。
▶▶「離婚じゃなくてもいい、とにかく夫と離れたい」58歳妻が別居で心の自由を取り戻し、夫にも変化が訪れたその理由
では、Sさんが夫との距離をとることで起きた、夫婦それぞれの心の変化についてお伝えします。
※写真はイメージです