「あのころのパパに戻って」娘の言葉で我に返った。36歳で突然失明し「見えなくなっていた一番大切なもの」とは? | NewsCafe

「あのころのパパに戻って」娘の言葉で我に返った。36歳で突然失明し「見えなくなっていた一番大切なもの」とは?

女性 OTONA_SALONE/LIFESTYLE
「あのころのパパに戻って」娘の言葉で我に返った。36歳で突然失明し「見えなくなっていた一番大切なもの」とは?

もしもあなたや身近な家族が、ある朝起きたら「何も見えなく」なっていたら?

二人目の子供が誕生したばかりなのに、突然視力を失ってしまった石井健介さん。回復が見込めない難病だとわかり、葛藤の日々がつづいたそうです。

そんな生活の中、3歳の娘の言葉をきっかけに気づいた「見えていたころには見えなかった、目には見えない大切なもの」とは? 著書の中から、退院直後のご家族との絆をご紹介します。

※この記事は見えない世界で見えてきたこと』石井健介・著(光文社)から一部を抜粋・編集してお送りいたします。

撮影/小禄慎一郎

やっと退院して戻ったわが家は、見えない「壁」が乱立する場になっていた

「お願いだから、あのころのあなたに戻って」
こんなドラマチックなセリフ、人によっては一度も言われることなく、そして口にすることもなく一生を終えるのだろう。

パパが家に帰ってきたことを、娘はとても喜んでいた。そりゃそうだ、この半年の間にママが2カ月おらず、新メンバーを連れて帰ってきたと思ったら、今度はパパがある日突然いなくなり、そのパパがようやく37日ぶりに帰ってきたのだから。

僕にとって久しぶりのわが家は、見えない壁だらけだった。竜宮城から戻った太郎は変わりはてた村の様子に戸惑っていたけれど、僕の場合、僕のほうが変わりはててしまっていた。

けっして広くはない、住み慣れた2LDKのアパートの中は、トラップだらけの迷路のようだった。壁にぶつかり、テーブルの角にぶつかり、娘のおもちゃを踏んづけ、迷子にもなり、そのたびに僕はダメージを負い、いちいち泣きくずれることになった。

言葉数の少ない妻と、詳細に言葉にしてほしい僕。その間にある壁にもまた、よくぶつかるようになっていた。「ここ」とか「そこ」とか言われるたびに「こことかそこじゃわからないんだよ」と、見えない壁を力なく叩きながら泣く。

ちょっと水槽にぶつかっただけでも死んでしまう水族館のマンボウのようで、しかし見ていて癒されるのんきな感じでもないから、ただの面倒くさいヤツだっただろうな。

3歳の娘と、生まれたばかりの息子を前に、泣くことしかできないパパに

「パパ、遊ぼ」「パパ、絵本読んで」と、娘が無邪気に僕のところへやってくる。パパの目が見えなくなってしまったことはなんとなくわかっていても、見えないと何ができて何ができないのか、3歳の彼女にはまだわからない。

その無邪気さに触れるたびに「ごめん、見えないからパパできないんだよ」と僕は泣き、自分が泣かせてしまったと思い込む娘をしょんぼりさせた。

生後100日を過ぎた息子がぐずって泣いているときは、彼を抱き上げあやすことが怖くてできず、そのかたわらで一緒に泣くことしかできなかった。

何もできない無力感で自分が傷つくことを恐れ、いつしか僕は、子供たちを遠ざけるようになっていた。

衝撃的な娘の言葉と、冷静な妻の言葉。はっきり「見えた」大切なもの

「ママ、わたし、あのパパがいい。あのパパにもどってほしい」

娘がリビングの壁に飾ってある絵を指差しながら言っていた、そう妻から聞かされたのは、家に帰ってきてから1週間がたったころだろうか。

その絵は、娘が2歳になる前に絵描きの笑達くんに描いてもらった家族の肖像画で、サクラクレパスで描かれたその絵のなかの僕らは、初夏の太陽の下で咲くたんぽぽのように、そろって笑顔を咲かせていた。

壁に思いきり投げつけられた水風船のように、僕は破裂し、床に飛び散る。そこはあの朝、娘の顔が見えないと泣きくずれたのと同じ場所だった。もはや自分の姿を保つことすらままならなくなっている僕に、妻はいつもの調子でこう続けた。

「あの子のことが大好きで大切なんでしょう? 彼女を遠ざけることが、あなたの望んでいることなの? このままじゃ、どんどん距離が広がっちゃうよ。

目が見えなくて一緒に遊べないなら、目が見えなくても一緒に遊べる方法を考えたらいいんじゃない? そういうのが得意なこと、私は知ってるよ」

僕は娘の顔が見えなくなってしまったのではなく、娘の顔を見ようとしなくなっていたのだ。

何をやっているのだろう、入院中に深いところまでもぐって見つけた大切なものを、また見失ってしまっていた。それは毎日ちゃんと大切にしていないと、目がくもり、すぐに視界から消えてしまうものなのだ。

変わらなきゃ、ではなく、変わりたい。ぐうの音も出ないほどに打ちひしがれ、グーにした拳の爪が手のひらに食い込む。

「Get up, stand up,stand up for your Right」

─このRをLに替えよう。LはLight のL、そしてLove のL。今流しているこの涙は明日の笑顔のため、あのころの僕に戻るための涙だ。

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BOOK:見えない世界で見えてきたこと』石井健介著 1870円(税込み)/光文社


《OTONA SALONE》

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