「他人に迷惑をかけたくない」
そう思って遠慮したり、意地を張ってしまったりすること、ありませんか?
36歳で突然視力を失ってしまった石井健介さんは、人見知りもあいまって、当初は他人の厚意を素直に受け取れなかったと言います。それでも視覚障害者が持つ白杖を手に外出するようになり、徐々に「頼ること」についての考え方が変わってきたそうです。
石井さんのポジティブな「頼り方」は、人間関係のヒントになりそうです。著書『』(光文社)から一部を抜粋・編集してご紹介いたします。
撮影/小禄慎一郎
今足りないのは、視力を失った生活の「経験値」。ゲームでの冒険RPGに置き換えてみると…
「ゲームばかりしていないで勉強しなさい」。子供のころ、母からよく言われたものだ。ゲームばかりしていると頭が悪くなってしまうから、というのがうちの母の言いぶんに限らず、当時の世間の風潮だった。
はたして本当にそうなのだろうか? いや、そんなことはないよ母さん、今となっては学びの多いツールだったと、ゲームにとても感謝をしているのだから。
週に2日、四谷の「日本盲人職能開発センター(現:日本視覚障害者職能開発センター)」へと通うようになった僕だが、そのころはまだ、頭と体で覚えたルートから外れて迷子にならないように、行って帰ってくるだけで精一杯だった。ちょっとどこかでコーヒーでも、と思っても、それをするには経験値が足りていなかった。
小学生のとき、RPGの金字塔である「ドラゴンクエスト」の初期ロト3部作はもちろんプレイしていたし、それ以降のナンバリングタイトルも、ある時期までは人並みにプレイしてきた。
もともと物語を読むのが好きだった僕は、ドラクエに限らず、RPGの世界に飛び込んで冒険をしていることが多かった。
せっせと経験値を積んでレベルを上げ、コツコツとお金を貯め、装備品も万全に整えてからダンジョンに挑む……のではなく、現状でもいけるんじゃね?と、無謀にもずんずんと先に進んでいくのが僕のスタイルで、いつもヒリヒリしながらギリギリの綱渡り、ゆえに全滅することもざらにあった。
「RPGの鉄則」を実践してみたら?「人見知り」に起きた変化とは
ある日の帰り道の東京駅、このあたりにスターバックスがあるらしいとの情報を得た僕は、見当をつけて近くまで来てみたものの、いくら見渡してもその看板が見当たらない。耳を澄ませばセイレーンの魅惑的な歌声が聞こえてくるだろうか。
立ち止まって様子をうかがってみると、コーヒーの香りが鼻先をかすめた。どうやら店は目と鼻の先のようだが、はたして入口はどこだろう?
RPGでは、情報を集めるときの基本は「人に聞け」だ。僕は目の前を行き交う人影に話しかけてみた。すると立ち止まった女性が、シナモンパウダーたっぷりのカプチーノを手に入れるための列の最後尾に、僕を案内してくれた。
なるほど、迷子になったら誰かに話しかければいいし、迷子になっていると誰かが声をかけてくれるのだな。
駅で出会う人たちは個性豊かで、言葉を尽くして説明してくれる人もいれば、目的地まで一緒に歩いてくれる人、それどころか、僕と歩きながら「ここはどこだろう?」と、一緒に迷子になってくれる人までいた。
元来、街で見ず知らずの人に話しかけることなど苦手だったはずなのに、いつの間にか僕は、このコミュニケーションに楽しささえ覚えるようになっていた。
ヒントはドラクエの「ルイーダの酒場」!? 「 頼ること」は迷惑ではなかった
レベルが上がると、iPhone に搭載されている視覚障害者のためのアクセシビリテ「VoiceOver」も使いこなせるようになった。
SNSを通して友人たちとも連絡を取り合えるようになったころ、おもにセラピスト向けのとある講座の情報が、やはりSNSを通じて僕の耳に入ってきた。参加はしたいが、会場までひとりでたどり着くのは難しそうだ。
こんなとき、同行援護という有料のサービスがあることを歩行訓練士のIさんから聞いてはいたが、人見知りが発動しそうでなんだか気乗りしない。
さて、どうしたものか。そう思ったときに浮かんだのが、ドラクエの「ルイーダの酒場」だった(さまざまな人が集い、主人公はここで一緒に冒険をする仲間を集めることができるのだ)。
僕にとってのルイーダの酒場はFacebook、思いきってここに【サポートのお願い】という貼り紙を掲げてみると、驚くほどの数の友達が、その申し出に手を挙げてくれた。
それからというもの、新しいダンジョンのマップを覚えたいときやどこか目的地に行きたいとき、誰かに会いにいきたいときなどは、そのつどルイーダの酒場で仲間を募ることにしている。
いつだったか、友人のひとりがこんなことを言ってくれた。
「いしいし(僕は友人たちからこう呼ばれている)が気軽に手を出してくれるから、私たちはその手を気軽にとることができるんだよ。そしてそれは、私たちにとってもうれしいことなんだよ」
リアル世界での「ステータス」を上げて、目指すものは?
RPGに登場するキャラクターの能力値・ステータスには、力や魔力や素早さ、賢さなんかはあるけれど「感謝」というものはないし「うれしさ」や「楽しさ」といったものも存在しない。
しかし、ロールプレイングではなくリアルプレイングの世界では、その感謝やうれしさや楽しさというステータスが、ゲームをクリアするための重要な要素となり、そうやってレベルアップしていくと、世界がよりクリアに見えてくるようだ。
そういえば、ドラゴンクエストには「遊び人」という職業がある。ステータスも低く、戦闘中も踊ったりボーッとしていたりと役に立たず、まわりの仲間の足を引っ張る存在なのだが、仲間に支えられてレベルが上がると、いきなり能力値の高い「賢者」に転職ができるようになる。
遊び人はきっと、画面上には表示されないステータスの値が高いのだろうな。ちなみに遊び人は「運のよさ」というステータスだけは、どの職業よりも高い。イメージはいつだって、遊び人からの賢者、それが僕のスタイルだ。
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