震災等の「心の傷」は書くことで癒されるのか | NewsCafe

震災等の「心の傷」は書くことで癒されるのか

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MSN産経ニュース(9月21日)に、「『いつか会えると信じます』・・・震災遺児の『一歩』、100年続く作文教育が後押し』という見出しの記事がありました。日常のありのままをつづる「生活綴り方教育」が、震災で母親を亡くした高校生の「心の傷」から抜け出すための一歩となっている、という記事だった。

「生活綴り方」は1910年ごろに生まれた指導法です。日常生活を文章にしていくことですが、何を見つめ、どんな風に文章をしたためていくのかというプロセスで教員の指導が入ります。単に作文指導ではなく、社会の在り方や自分を見つめ直すきっかけにもなります。生活を改善すべき点を見つけてしまうことから、戦時下には中断さされます。その後、そのあり方について様々な論争を繰り返しながら、続けられてきました。

震災などでできた心の傷は、書くことで癒されるのでしょうか。書くことで、現実をより実感してしまい、かえって心の傷を広げるのではないか、といった指摘もされています。その一方で、生活や感情を綴ることによって、子どもが抱えている問題を明らかにさせたり、問題解決に導くことに繋がるのではないかといった見方もあります。私の大学院時代の指導教官の専門でもありました。そのため、親しみがある指導法です。

私も書くことで癒しにつながると思っています。そのため、生きづらさを抱えた若者たちのブログに注目したり、掲示板やチャット、SNSでのコミュニケーションに関心をもって取材を続けています。もちろん、癒される場合もあれば、コミュニケーションの相手、内容、タイミングによっては、よりネガティブになることもありました。

震災後、子どもたちが作文を書く機会がありました。学校教育の一環であったり、塾の作文指導であったり、メディアへの投稿だったり。いろんな作文を読んだりしたが、震災の経験が、悲しみや辛いことばかりだったという時期から、新しい友だちができた嬉しさを感じる時期もあったりします。

ある中学校では「書きたくないことは書かなくていい」とひと言を添えました。そのため、表面的な作文になっているものがあります。これはその子どもが感じたことを書くタイミングではないということでしょう。現実や気持ちを書きたいタイミングで行なうことがよいのでしょう。

そうした作文を読んでいると、その時期によって必要なケア、サポートが違ってくることがわかります。もちろん、心の傷を広げてしまうという恐れもなくはないので、十分な配慮が必要となります。こうした作文の数々は、今後の貴重な資料となります。こうした作文をきちんと分析されていけば、今後も起きうるであろう自然災害後のケアに役に立つと思われます。

しかし、それよりも、目の前の子どもたちが、今何を感じているか、言葉ではいえない感情を表現できることがあります。その作文を周囲の大人たちや読者たちがきちんと受け止め、向き合うことができれば、その子の支えにもなると思います。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://magazine.livedoor.com/magazine/21)を配信中]
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