東日本大震災から半年が経った9月11日、宮城県石巻市の仮設住宅「開成団地」で、入居者の無職男性(60)が亡くなっているのが発見されました。
警察などによると、死後一週間が経っているとのこと。腹部には自ら刃物で刺した傷があったことから、自殺と見られています。仮設住宅での孤立は、今後も課題になってくると思われます。
生活の拠点は避難所から仮設住宅に移行しています。ただ、仮設住宅ではプライベートな空間を確保できるもののかえって孤立してしまうことが指摘されており、こうした問題点は1995年1月の阪神大震災のときも言われていました。そのため、今回の震災ではなるべく孤立を防ぐ工夫をしている点も見受けられます。
たとえば、仮設住宅に入る際、地域ごとにまとまって同じ場所に入居する自治体があります。岩手県宮古市の「グルーンピア三陸みやこ」近くに設けられた仮設住宅では、同市田老地区の住民が入居しました。ここの仮設住宅では、同じ町内会ごとにまとまって入居しました。そのため、震災前のコミュニティが継続しています。
また、福島県相馬市の仮設住宅でも同じ地域の住民たちがまとまって暮らしています。そればかりか、夕食のおかずも提供。仮設住宅での食事提供は珍しいようです。このとき、住民自ら集会所に食事をとりに行く方式を取っていますので、元気かどうかをチェックできるようです。
また、仮設住宅で暮らす人たちが集まれる場所を作った被災地も。宮城県名取市の仮設住宅の集会所では様々な催しが行われており、イベントに参加することで孤立をしないようにしています。
交流がしやすいようにと、玄関を対面式にしているところもあります。ただし、この形式は地域によってニーズが違っているようです。これまで集合住宅で暮らしていなかった人たちからすれば、ただでさえ、不慣れな環境です。さらに、「見られているようで嫌だ」と感じる人もいます。この形式を採用していない地域もあります。
石巻市はまだ避難所があり、仮設住宅がまだ決まっていない人もいます。石巻市では16日現在で1352人の避難が46カ所の避難所で生活しています。市によると、仮設住宅の必要戸数7297戸が完成予定で、ようやく全避難者に住まいを提供する見通しが立ったといいます。
一方、仮設住宅が決まったとしても、不便さは残る…もともとは沿岸部に住んでいた人が多く、職場も学校も沿岸部にありました。しかし、市中心部の仮設住宅には抽選で当たらず、郊外の仮設住宅での生活となってしまう人たちもいます。
まず困るのは通学。ある小学生は、車で15分もかかるために、親の送迎が必要になってしまいます。石巻市では通学バスを検討していません。相馬市が通学バスを実施しているのと比べると、対応が遅い状況です。ある親が「通学バスの確保を!」とお願いしたら、「転校したらいい」と言われてしまうほど。もちろん、転校は選択肢の一つですが、子どもたちにとって、震災でのストレスに加えて転校のストレスも加味されてしまいます。
また、買い物も不便です。市中心部から遠方になるほど車が必要になりますが、震災で車を故障し、まだ購入していない人もいます。そうした人にはバスが便りですが、数が多いわけではありませんし、ルートの確保がされていない場所もあります。
さらに、石巻市では、地区ごとに集団で仮設住宅に移転していません。宮古市や相馬市のように、「ある地域はこの仮設住宅に」といった振り分けをしていないのです。まったくバラバラに入居しているのです。そのため「子ども会が機能してない」といいます。
こうしたことを見てみると、石巻市では地域コミュニティを配慮せずに避難所から仮設住宅への移行を進めた、ということになります。そのため、孤立感を深めたのか、無職男性の自殺という結果になってしまったのではないかと思えます。このような問題を克服するには、コミュニティを再建する必要があります。そのため、仮設住宅を新たなコミュニティに作り替えることが課題となるでしょう。そのため、町内会的な自治組織を作る必要があります。すでに自治会がある仮設住宅もあります。
今後の震災支援はコミュニティの支援になるのではないでしょうか。
[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://foomii.com/mobile/00022)を配信中]
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