話題のキャバ嬢・ねぶたちゃん、過敏性腸症候群に苦しんだ思春期・母の蒸発…“どん底からの脱出劇”「生きるのって大変」人生変えた言葉とは【インタビュー連載Vol.1】
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◆ねぶたちゃん“変な子”と言われ続けた幼少期
― どのような幼少期を過ごしてきましたか?
ねぶたちゃん:自分でもみんなとどこか違うような気がしてはいたのですが、周りから「なんか変な子だよね」ってずっと言われていました。記憶に残っているのが、小学2年生のときに保護者面談のようなものがあって、そこで先生が「この子変だから、病院に連れていった方がいいですよ」みたいなことを親に言ったみたいで。小学校の時はあまりいい子供ではなかったし、変だったし、すごい卑屈で悲観的で超ネガティブでした。小学1年生から高校生くらいまでずっといじめや人間トラブルがあった気がしていて、いい思い出は1個もないです。
― 酷い言葉を言われた過去があったんですね…。
ねぶたちゃん:1回聞けばみんなが分かるような先生の話や指示を、私は何も理解できなくて。人の言っていることの意味が分からなかったり、みんなと同じ指示をされても私だけ違う受け取り方をしてしまって、1人だけ変な行動をしてしまったりするようなことがありました。自分の体感で3年くらいみんなより発達が遅かったのかなと思います。3年後にやっと意味が分かるようになったことがいっぱいありました。
― ずっといじめを受けていたのも辛いですね…。
ねぶたちゃん:いじめに限らず人間トラブルをずっと経験して、人のことが「怖いな」と思う時期が続いていたんです。小学生って、思ったことをバーって言ったり、人の気持ちをあまり理解せずに発言したりする子も多いと思うのですが、幼少期の私はそういうときに何か言い返せる性格ではなかったので、そういうところもいじめられた原因の1つだったのではないかと思います。小学生くらいのときから「生きるのって大変だな」と感じながら生きていました。
― 家族に相談していた?
ねぶたちゃん:そうですね、1歳のときにお母さんが蒸発してしまって、小学1年生くらいでお父さんが再婚するまではお母さんがいなくて。お姉ちゃんも、小さい頃は今ほど優しくなかったので、そんなに仲良くなくて、むしろ仲が悪かったと思います。小さい頃はすごく苦しかったです。
◆ねぶたちゃん、小学校でミニバス東北大会出場
― 学生時代打ち込んだことはありますか?
ねぶたちゃん:小学校3年生から6年生までの3年間はミニバスケットボールをしていて、1個上の世代が東北大会に出場したときは、特にハードな練習をしていました。中学校からは勉強に打ち込み、高校では学年1位を獲るくらいかなり真面目に勉強していて。高校ではほかにも茶道部に入ったり、大学に行きたくて生徒会に入ったり、青少年赤十字というボランティア活動をしたり、色々なことに打ち込んでいました。
― ミニバスは辛かった小学生時代のリフレッシュになっていましたか?
ねぶたちゃん:その頃はミニバスも嫌いでした(笑)。先生も先輩も怖いし、練習もありえないくらいハードだし。毎日「辞めたい」と思いながらもなんとか続けていました。
― 嫌な中でも続けられた理由は?
ねぶたちゃん:周りがどんどん辞めていってしまって、もうこれ以上辞められない雰囲気で…(笑)。プレッシャーをかけられて、「やります。バスケ好きです」みたいな感じでした(笑)。
― 勉強は元々得意だった?
ねぶたちゃん:全然得意ではなかったです。小学校のときには学年最下位をとったことがあるほど、全く勉強ができませんでした。
― そこから高校では成績トップになるほど、中学校からは毎日たくさん勉強したのですか?
ねぶたちゃん:そうですね。中学校のときに本田健さんという方の『10代にしておきたい17のこと』という本に出会ってから、人生が180度変わりました。その本の著者も学生時代にいい思い出が1個もなく息苦しかったそうで。自分と似た境遇の方の本を読んで「何か手にしたいことがあるときには自分の行動やマインドを変えることが大切だ」と思い、そこから勉強に打ち込むようになりました。
― 具体的に心に残っている言葉はありますか?
ねぶたちゃん:「100人いたら100通りの生き方がある」や「人生を幸せに生きるコツは受け取りたいものを与えることです」という言葉です。それまではずっと自分に言い訳をしたり、卑屈で、そんな自分にモヤモヤしていました。だけどこの言葉を読んで、「このままじゃだめだな」って気づいて。ずっと受け身で、「人生最悪だ」と思っていたのですが、「自分から行動して変わる姿勢を作らなければ一生このままだ」と主体的に動けるようになりました。
― その本に出会ってから今の性格が確立された?
ねぶたちゃん:そうですね。そこから物の考え方が変わりました。言い訳ばかりして他責思考でも何も生まれないなと思って、自分で変えていけるという意味で「この世で起こる物事ってぜんぶ自分のせいだよな」とポジティブになれるようになりました。
◆ねぶたちゃんが影響を受けた人物
― これまでの人生で最も影響を受けた人は?
ねぶたちゃん:中学2、3年生のときの担任の先生です。悩みも相談できたし、勉強を頑張りだした私のことをちゃんと認めてくれる存在でした。例えば、勉強を10時間やったら「本当にすごいね」ってみんなの前で褒めてくれたり、「頑張ったね」って私が好きなメロンパンをくれたりしてくれて。自分の頑張りを初めて認めてくれた人だし、初めて自分の人生にスポットライトを当ててくれた人だと思っています。ちゃんと頑張れば誰かが認めてくれるということに気づいたきっかけが、その先生でした。
― 今でも交流はありますか?
ねぶたちゃん:連絡は取っていないのですが、地元では先生が転勤すると新聞に名前が載るので「ここの中学校行ったんだ」みたいに名前は追っています(笑)。
◆ねぶたちゃん、中学での恋愛で「可愛くなれるんじゃないか」
― 子供の頃、夢はありましたか?
ねぶたちゃん:当時は夢も持てないくらい悩んでいて、「もう生きたくないな」と思っていました。だから何かを目指すこともなかったのですが、「可愛くなりたい」とだけは考えていて。小学校のときは本当に「モテる」の「モ」の字もないし、「可愛い」なんて言われたことがなかったので、「いいな」とずっと思っていました。
― 「可愛い」に憧れがあったんですね。
ねぶたちゃん:すごく憧れていました。勉強もできる可愛い子がいて、賞状などももらっていたので「すごい!こういう子になりたい」と思って。中学校で恋をしたことで「可愛くなれるんじゃないか」と頑張るようになりました。
― どんな人を好きになったのですか?
ねぶたちゃん:同じクラスの普通の中学生です(笑)。「え、自分のことを好きになってくれる人なんているんだ」みたいな感じになって、見た目とかを気にするようになりました。
― 可愛さに磨きがかかり、生徒会副会長もしていた高校生のときはきっとかなり目を引いていましたよね!
ねぶたちゃん:かもしれないです(笑)。
◆ねぶたちゃん、過敏性腸症候群に苦しんだ壮絶な思春期
― Xでは思春期に過敏性腸症候群に悩まされたことも書かれていたと思うのですが、そういう部分でもやはり人と関わるのが怖かった?
ねぶたちゃん:本当にそうですね。「人生終わったな」って思いました。今だと結構ポップに説明できるのですが、当時は思春期ですごく多感な時期だったので、1番悩みました...。
― 周りにも相談しにくい話ですよね。
ねぶたちゃん:そうですね。親にも友達にも恥ずかしくて言えなかったです。そもそも、当時は自分だけ変な症状が出てしまっていると思っていました。今だと笑い話なのですが、事の発端は、当時人間トラブルによるストレスがかなりあって、腸内環境もたぶん良くなく、みんながいる場所でおならをしてしまったんです。それでみんなに笑われたことがトラウマになってしまって。タイムラインでも「おなら、あいつだったらしいよ」みたいに書かれてしまい、普通の女子だったのですごく傷ついてしまいました。過敏性腸症候群って脳と連動してしまうので、毎日開かれる学年集会などで体育座りしてシーンとしているところで、心臓が“バクバク”鳴ってしまって、脳の交感神経というところが“どだだだだ”って働いてしまって、またおならをしたくなってしまうということがありました。
― 考えれば考えるほど悪循環になってしまっていたんですね…。
ねぶたちゃん:授業中にシーンとしているのも怖くて、ガスが溜まってお腹が“ぐー”って大きく鳴ってしまったり、おならをしたくなってしまったりしてしまったり、「もう人と一緒に居られない」と思っていました。バスにも乗れないし、図書館にも学校にも行けないし、買い物にも行けないし、どこでも「自分の噂をされているんじゃないか」と思うほど精神がおかしくなっていました。
でも親に「行きなさい」と言われて、「これで休んだら本当におならをしたと思われるな」とか「『やっぱりあいつだった』って言われるな」とか色々考えてしまって、2~3日だけ休んで、その後は頑張って学校に行きましたでもずっと追い込まれていたので、2次障害としてクラス中の話し声や笑い声まで全部自分の悪口に聞こえてしまうという被害妄想のループに入っていました。人が集まる場所は全部怖かったですし、そんなわけないのに「みんな自分のこと嫌いなんだ」って。
― 辛い状況で支えになったことは?
ねぶたちゃん:どん底期を抜けてからの救世主は自己啓発本でした。例えば人生に辛いことがあったときにどのように乗り越えていけばいいかという考え方や名言にすがって生きていました。『7つの習慣』や『夢を叶えるゾウ』などを読んで感動して、自分の人生を必死に立て直せるように前向きに生きていました。
どん底期間を抜ける前は病院に通って薬をもらいながら、どん底ながら頑張っていくしかなかったです。体育座りをする前に絶対トイレに行くようにして、腸もみをしたり、牛乳を飲んだりして休み時間中にお腹が痛くなるようにしていました。当時は本当に生きるのに必死でした。でもそれを乗り越えた今、自分の経験を発信するようにしたら、同じ状況の学生の子がたくさんDMをくれて。「私も全く同じ状況です」とか「同じきっかけで過敏性腸症候群になってしまいました。どうやって治しましたか」といったメッセージがたくさん来て、「やっぱり自分だけじゃなかったんだ」と思いました。
― ねぶたちゃんさんの発信で救われている方もきっと多いはずです!
ねぶたちゃん:なるべく「こういう人もいます」ということをみんなが知れば、少しは救いになるのではないかと思います。
◆ねぶたちゃん、人生を懸けたアメリカでまさかの入国拒否
― さまざまな出来事を乗り越えてこられたねぶたちゃんさんが、特に1番辛かった出来事はなんですか?
ねぶたちゃん:大学生のときに経験したアメリカへの入国拒否です。その言葉だけを聞くとただ可哀想な出来事に思われるかもしれないのですが、そのときの私は人生を全て懸けるくらいの思い入れを持ってアメリカに挑戦していました。というのも、本田健さんの本に、「海外はもっといろんな考えを持った人がいる」とあって、ずっと居場所がなかった私は海外に行ってみたかったんです。その本がきっかけで海外に行くことが人生の夢になり、お金もなかったし、英語も喋れなかったのですが、大学に入学して、海外留学ができるグローバルコースに入りました。海外に行くためだけに生きていたので、英語をたくさん勉強して、バイトを3つ掛け持ちして、150万貯めて。「絶対海外に行ってやる」という気持ちでようやく当日を迎えて、せっかく人生を懸けて行ったのに入れなかった。あと少し、あと1歩で入れるのに、帰らなければいけない。しかもアメリカに行く前に出発式があって、そこで「頑張ります」とみんなに言ったのに帰ってくるなんて、情けなさすぎて本当に落ち込みました。
― 入国拒否された理由は?
ねぶたちゃん:教授に申請周りをお任せしていたのですが、渡航できない間違ったビザだったみたいで…。私ももっと確認すべきでした。
― その出来事をどうやって乗り越えましたか?
ねぶたちゃん:落ち込むに落ち込みまくりましたが、海外に行かなければ単位が取られず、卒業できなかったので、「他の国に行こう」と思い、シンガポールのインターンシップに行ったんです。入国拒否の経歴があったので、そこでも怪しまれてしまってなかなか手続きができなかったのですが、行政書士に依頼してなんとか行くことができました。アメリカには行けなかったけれど、そこで得た感覚には結構救われました。
◆ねぶたちゃんの座右の銘
― 最後に、座右の銘を教えてください。
ねぶたちゃん:“人間万事塞翁が馬”という言葉です。これは「本当に私の人生を表しているな」と思っていて。例えば、学生時代の苦しかった思い出も、それがあったからこそ人の苦しさが分かるようになったし、大学受験では看護学部に落ちてしまいグローバルの学部に入ったおかげで自分のやりたいことができました。アメリカに入国拒否されて、シンガポールに行ったからこそ、そこで学んだことが入りたいと思っていた会社の求めている技術や知識で入社できた。結局その会社も新卒でリストラされてしまったけど、それがメディアに出演するきっかけになって、今がある。結局いいことも悪いことも表裏一体で、いいことが起きたら悪いことが起きるきっかけになるし、悪いことが起きても後々のいいことに繋がる。人生ってそういうことだと気づいて、そこから「いいことが起きても悪いことが起きても全てどっしり構えよう」という気持ちで生きています。
― ありがとうございました。
メディアやSNSでの発信の裏で、自身の壮絶な過去や逆境と常に向き合い続けているねぶたちゃん。いじめや病気、人生を懸けたアメリカへの入国拒否、そしてリストラという度重なる人生の困難に折れることなく、本との出会いをきっかけに自らのマインドを変え、常に前を向き続けるストイックな姿勢は、多くの人の心を惹きつけるはずだ。自らの辛い経験をオープンに発信することで、同じ悩みを抱える多くの若者の救いとなりながら、彼女はこれからも“人間万事塞翁が馬”の精神で、激動の人生を力強く切り拓いていくに違いない。(modelpress編集部)
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