危険地帯で取材をするリスク | NewsCafe

危険地帯で取材をするリスク

社会 ニュース
シリアに入国しようとしていたフリーカメラマンの杉本祐一さん(58)が旅券を返納を命じられました。外務省職員と警察官が自宅前で待ち構えており、「旅券を返納しなければ逮捕する」と告げられたといいます。この問題をめぐって、危険地帯での取材が話題になっています。

旅券法第19条第1項では、外務大臣まやは領事館が旅券を返納させることができる場合を掲げています。そのうち、第4号では「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」という規定があります。今回は、シリアに入国し取材する計画を杉本さんが持っていたため、イスラム国による日本人人質殺害事件の後ということもあり、これに該当すると判断したと思われます。

第一に、表現の自由や報道の自由があります。どんなことでも報道する自由があります。その手段としての渡航の自由があります。これらはすべて憲法で認められた権利であります。その一方で、政府には、邦人保護の義務があります。どんな事情であっても、海外での邦人保護を国は考えなければなりません。今回は、この二つが、いわば衝突したことになります。

今回の件は、危険地帯での取材をどう考えるべきかというテーマを考えさせられました。国内でも災害報道でもこうした問題は突きつけられます。私は2011年3月26日、福島県南相馬市に向かいました。東京電力・福島第一原発の事故により、20キロ圏は避難指示が出ていました。南相馬市の市役所がある地域は25キロ圏。このエリアは屋内退避指示が出ていました。

この頃、南相馬市は報道が少なくなり、流通も30キロ圏内はストップしている状況でした。その危機感を南相馬市長が訴える動画を私はユーチューブで見ました。誰も行かないなら、私は行こう!と思いました。

とはいっても、放射線については一定の知識はありましたが、専門的な知識ではありません。特に低線量被曝については確定的なデーターがあるわけでもありません。事前に調べたデータでは、安全だと確信を持っている状況ではありませんでした。

この時期に、原発に近づくことは被曝のリスクはゼロではありませんでした。しかし、日常の都市生活をしている様々なリスクがそれに比べて、極端に上回っているとも思えませんでした。また、私は出産を控えた女性ではなかったこと、年齢も40代だったこともあり、発がんリスクは若年層に比較して少ないなどの様々なリスクと天秤にかけて、報道をする必要性を感じたためです。

実際に南相馬市に行ったときにはものすごい緊張感がありましたが、報道がゼロというわけでもありませんでした。私が南相馬市役所の広報課に出向いたところ、報道では事故後は3番目ということでした。しかし、広報課を訪れない報道関係者もいるでしょうし、実際、そうした記者を目にしました。おそらくは、この時点で10数名はいたのではないかと思われます。

この時期の取材は、いくつかの雑誌やネットメディアに掲載されました。

ただ、災害と紛争地域では質的に違うことでしょう。災害と違って、紛争地域では、誰かの意思による拘束や殺人があります。どこの国籍かにもよっても扱いが変わる場合もあるでしょう。また、相手が国、もしくは、政治的主張が強固でまとまっている組織であれば、話し合いが通じる可能性はあるでしょう。今回の「イスラム国」と話し合いが通用する立場であれば、シリアに入国するリスクを勘案することもあるかもしれません。

私は紛争地帯の取材は経験もありません。いつかは経験するかもしれませんが、いまのタイミングで複雑な情勢を判断できる能力を私は持ち合わせていません。そのため、万が一、いま求められても、私はシリアには行かないでしょう。

ただ、戦場を取材するジャーナリストが、すべて同じ能力ではありません。また同じ判断になるとは思えません。誰かは戦場の実態を伝える必要があります。この辺りが難しいところでです。

今回旅券返納をした杉本さんがどのような能力があり、どんな取材計画で、どのような危機回避の判断力があるのかは私にはわかりません。邦人保護との関連で考えれば、個別に判断していく必要があるでしょう。今回の旅券返納が正しいとするのなら、その判断をするまでの情報を開示していただきたいと思います。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://magazine.livedoor.com/magazine/21)を配信中]
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