「美味しんぼ」での鼻血描写問題について | NewsCafe

「美味しんぼ」での鼻血描写問題について

社会 ニュース
小学館の漫画雑誌「ビックコミックスピリッツ」で連載中のグルメ漫画「美味しんぼ」の中で、東京電力・福島第一原発を取材した東西新聞の記者・山岡士郎らが鼻血を出す描写が波紋を呼んでいます。批判の声が大きいのは、鼻血が出たことと、被曝の因果関係がありえず、風評被害を呼ぶというものです。それにしても、なぜ、一つの漫画でここまで話題になったのでしょう。

原作者の雁屋哲さんとそのスタッフは原発取材をしたようです。その様子は、昨年11月に、雁屋さんが、オーストラリアの日本語総合紙「日豪プレス」のインタビューを読むと分かりやすい。それによると、雁屋さんは2011年3月11日はシドニーにいた。「オーストラリアのニュースはすごく偏りますからね。今にも日本が潰れそうな勢い」だったという。一方で日本政府の言っていることも信用できない。そして原発の取材を始めたというのです。

雁屋さんは「私自身の体験」として、取材から帰って夕食を食べている時に、突然鼻血が止まらなくなったのです。病院に行っても「鼻血と放射線は今の医学では結びつけることはできない」と言われたました。同行したスタッフも、双葉町の井戸川克隆・前町長も鼻血と倦怠感に襲われたというのです。つまり、「美味しんぼ」の鼻血の場面は、雁屋さん自身が体験したことです。その意味では、ノンフィクションだと言うことができます。ちなみに、井戸川・前町長はこの騒動の後、Facebookで最近出た鼻血に写真を公開しています。

私自身の体験で言うならば、私は2011年3月26日に初めて福島県南相馬市原町区に入りました。警戒区域として立ち入り禁止となる前に何度も20キロ圏内を取材しました。福島第一原発の正門前まで行き、取材交渉をしたこともあります。また、その後も、地元の人に同行し、何度か警戒区域に入りました。現在は警戒区域が再編されていますが、20キロ圏内は何度も訪れています。しかし、私自身は鼻血を出したことはありません。同じように警戒区域を取材している知人の記者で鼻血を出した人を知りません。

こうした経験値からすれば、鼻血を出したとすれば、相当の放射線を浴びた可能性があります。しかし、何度か第一原発の構内取材をしている記者でさえ、被曝量は問題のない数値です。その意味で言えば、構内取材以外の行動で相当の放射線を浴びた可能性がないわけではありません。ただ、その場合、通常、人が出入りできる部分にはそこまで放射線の値が高い場所はありません。そうした場所に立ち入らないのだとすれば、被曝量とは関係ない鼻血の可能性もあります。

私も取材で警戒区域を出ると、心理的に安心したりしていました。放射線量と関係なく、「警戒区域で取材している」という意識は心理的な圧迫はありました。また、当初はマスクを二重にしていたりしていました。そのため、酸素が足りなかったのか、頭が痛くなったこともありました。さらに、ここで事故があった場合は救助対象になるのかどうかといった心配もありました。何重もの不安があったことは事実です。雁屋さんらもこうした不安の中で取材をしていたとしたら、何らかの体調の変化があってもおかしくはありません。

そう考えてみると、鼻血は被曝との関係はないのではないかと思えます。この日豪プレスの記事が発表された後、福島県民からの反応がありました。「私のまわりでは鼻血が出たとか、入院したとか一切聞いたことありません...こうやって風評被害が加速していくんだな」との声が届いています。雁屋さんの言説は、もともと波紋を呼んでいたのです。

こうした表現に対して、双葉町や福島県が小学館に対して抗議をしています。町役場に対して、県外の方から、福島県産の農産物は買えない、福島県には住めない、福島方面への旅行は中止したいなどの電話が寄せられているとして、風評被害を生じさせた、としています。また、福島県は、科学的知見や多様な意見・見解を取材、調査し、客観的な事実をもとにした表現をするよう申し入れている。漫画表現にここまで行政が口を出すのも異例です。

さらに、「美味しんぼ」は話題となった鼻血の話は、次の号でも井戸川元町長が登場し、「被曝したから」と言わせています。避難最中の高濃度の放射線を浴びたことが原因というのです。仮に事実だとすれば、これは初期の外部被曝が理由となりますが、一定期間を置いた後の外部被曝とでは、被曝量が違います。そのため、井戸川・元町長の鼻血と、雁屋さんの鼻血は質的に違うのです。

また「福島には住んではいけない」という話が出てきます。これはもはや、哲学論争になってしまった話なのではないかと思える主張です。もちろん、様々な事情などで福島県外に出ることができた人はそれでよいと思います。しかし、現に福島に住んでいる人で、かつ原発からの距離が近い地域とか、放射線量が高い地域で住んでいるのはそれなりの理由があってのことです。無知によって留まっている人は現段階では少ないのではないでしょうか。

どのレベルの放射線量が安全で、どのレベルが危険かという話がそもそもできる話ではありません。住めるか、住めないのかを話している段階にはないのです。もちろん、住まないと決めるための選択肢や、自主避難者への援助を含めて一定の補償は必要です。それと同時に、避難しないと決めた人へのサポートもあるべきでしょう。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://magazine.livedoor.com/magazine/21)を配信中]
《NewsCafeコラム》
page top