「風と共に去りぬ」 | NewsCafe

「風と共に去りぬ」

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「日本のディズニー・世界的なアニメ界の天才」と評され、女性のファンが多いスタジオ・ジブリの「宮崎駿監督」が、彼にとって思い出深い「ベネチア映画祭」の渦中で引退を表明した。最後の大作「風立ちぬ」がラスト作品となった。平成9年頃(多分・もののけ姫が上映されたころ)武蔵野市にあるスタジオ・ジブリを彼の片腕の鈴木プロデューサーを訪ねて訪問したことがある。およそ会社と言う雰囲気ではなく「メルヘンチックな工房」と言う感じで、スピルバーグやデーズニーが「パンを焼く工場」とすれば「手作りの窯でパンを焼くパン屋さん」と言う感じを受けたことを思い出すのである。彼の作品は「そんな手作りの味」を感じさせるものが多いのである。

識者は『彼がアニメ界に本格デビューしたのは昭和54年(1979年)の「ルパン3世・カリオストロの城」である。その後1984年「風の谷のナウシカ」・1986年「天空の城ラピュタ」・1988年「となりのトトロ」・1989年「魔女の宅急便」・1993年「紅の豚」・1998年「もののけ姫」・2002年「千と千尋の神隠し」・2005年「ハウルの動く城」・2009年「崖の上のポニョ」・2013年「風たちぬ」と続くのである。「陣頭指揮・作画の中心は宮崎駿・手作り」を考えると「概ね4~5年に一作」が限界なのである。もちろん会社であり従業員もいるから「心ならずも経営の為に急ぎ作り」もあったと推測できるのである。彼は自分の作風について「最後の結末を決めずに制作を開始・最後まで見通せる作品はやらない・話をいじっている内にストーリーの先が見えてくる・手抜きはしないで行くところまで行く」と言っている。「毎回作るのがつらかった・スタッフがよくやってくれた」は彼の偽らざる言葉と思うのである』と言う。

有名な「バルセロナのサクラダファミリア教会」は天才設計士ガウディの作である。15年ほど前に初めて教会を見たとき感じたのは「ガウディーの天才的な発想もさることながら、それを現実化した名もない職人のすごさ」である。宮崎駿監督の作品も同様と感じる。残念だが宮崎駿監督の後継者はいないと思う。本人も「後輩の仕事には関与しない」と言っている。天才の仕事は「一代限り」で、同じ様な作品を後輩が作れる筈がないからである。

宮崎駿監督の作品の多くを映画館・TV・DVDでみたが、個人的な感じで言うと「風の谷のナウシカ」が「そのコンセプト・世界観・作画」で最も優れていると思うのである。彼のそれ以降の作品を見ていると「風の谷のナウシカを追い越そう」ともがいて「結局追い越すことができなかった」とも見えるのである。宮崎駿監督の「引退話」は今回で数回目である。個人的には「引退作は風の谷のナウシカ」と思っていただけに残念の一言である。ハリウッド映画の大作「風と共に去りぬ」ではないが「風立ちぬ」を最後にサバサバと引退する宮崎駿監督に「拍手」である。所沢の「トトロの森」ですれ違うのを楽しみに…。

[気になる記事から時代のキーワードを読む/ライター 井上信一郎]
《NewsCafeコラム》
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