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小さな集落の「今」

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東日本大震災後に「三陸の今を発信する」と銘打った岩手県釜石市を拠点とした情報誌「Re-born」(オフィスR発行)が発刊されました。これまではフリーペーパーでやってきましたが、有料化することになりました。私は創刊号の取材、執筆、編集を手伝うことになり、現在、釜石市に来ています。事務所に泊まり込んで、三陸の細かい場所を回って、これまでなかなか伝えられない震災時のことを取材しています。

私が震災後、初めて釜石市に来たのは昨年4月。当初の目的は大槌町吉里吉里に行くことでした。遠野市から回って釜石市に入ったのです。そこで鵜住居地区の被害の大きさに驚愕しました。それまで宮城県、福島県の沿岸部を取材し、それなりに被災した場所を見て来たつもりでした。しかし、4月になってからも、まだ緊張感が漂っていたのです。そのことがわすれられず、釜石市は何度も通っています。

そんな中、「Re-born」の編集長、駒林奈穂子さんとTwitterで知り合い、釜石に訪れるたびに、事務所に立ち寄らせていただいていた。その縁で、有料化に伴うリニューアル創刊号を手伝うことになったのです。この雑誌の特徴の一つは、小さな集落も回ることです。大きな被災地はそれなりに大きなメディアが取材をしています。また、継続的な取材をしているのです。しかし、被害の大小の係らず、地元紙は別として、小さな集落の「今」はなかなか伝えられることがありません。

その中で、私なりに「課題」を持って、取材をしています。ひとつは、防災教育の充実が叫ばれていますが、学校にいないときに、子どもたちはどう動けるのか。釜石市では「学校にいた子どもたちは全員が助かった」とされ、「釜石の奇跡」と呼ばれています。私はこれを聞いた時、「学校にいなかった子はどうなったのか?」と思い、取材すると、亡くなった子がいたことがわかりました。釜石市は防災教育に力を入れて来ています。しかし、「奇跡」と呼ぶのなら、学校にいないときこそ、どのような動きができるのかが問われるのだろうと思ってきました。そのため、1人ひとりの子どもたちの動きが気になり、タイミングがあえば、子どもたちの話を聞いています。

さらに内陸部の住民はどのように津波被害に備えるべきかということです。地震被害は沿岸部だけでなく、内陸部でもあります。そのため、地震大国に住んでいる以上、地震の備えをするのは共通する部分です。しかし、内陸部の人たちは、津波の備えをしなくてよいのでしょうか。沿岸地域では、「地震があったら、津波がくるかどうかわからないが、とにかく高台に逃げた」と証言する人が多くいます。栃木県という内陸部出身の私には、これまでの人生にない発想でした。

宮古市のある集落では、津波に関する言い伝えを守り、備えてきました。しかし、その集落で犠牲者が出ました。それは、栃木県出身者だったのです。内陸部に生まれ、育ったとしても、将来、どこに住むのかは想定できません。この犠牲者のことを聞いた私は、住み続けるかもしれないし、また、住まないまでも、大きな地震で沿岸にいる可能性もあります。そのため、内陸部でも、ある程度は津波防災教育をすべきだ、と思ったのです。

今後の防災教育のあり方、津波に対する備えについて考えながら、取材をしているといろんなものが見えてきます。ただ、まだ分からないのは、「これまでずっと津波被害が続いて来たのに、その地域に住み続けるのか」。少なくとも、この問いに関する答えが出るまでは、震災取材をやめたくない。そんな思いで取材を続けています。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://magazine.livedoor.com/magazine/21)を配信中]

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