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被災地に冬がやってくる

社会 ニュース
東日本大震災の被災地を歩いていると、復興のための業者が多くなってきているのがわかります。
自衛隊や警察、消防関係者がほとんどだった被災当初と比べれば、民間の手による復興作業のステージになっていることを実感します。しかし、そんな中でも、津波被害のあった家の掃除をはじめ、瓦礫撤去、家や田畑の跡地に生えた草刈りなどのボランティアの姿があります。

東日本大震災から7ヶ月も過ぎると、報道もほとんどなくなってきています。被災地では地元の新聞やテレビ、全国紙の地方版やローカルニュースでは毎日のように報道があります。しかし、被災地以外では、特に関心を持っていないと、忘れてしまいそうになります。

秋から冬になろうとしている被災地。3月の震災からこれまで、春や夏といった植物も芽吹き、津波で何もなくなった荒野にも花が咲き、草木が生えたりしてきました。何もかもなくしてしまった津波被害ですが、時間が進み、季節が変化することで明るい兆しも見えてきていました。復興のシンボルとして「ひまわり」が選ばれたのもそうした季節とマッチしていたからでしょう。

しかし、季節はさらに進みます。「ひまわり」はすでに枯れて真っ黒になっています。昼間の時間も徐々に短くなり、寒さが増してきます。被災地、特に東北や長野県ではお盆が過ぎると急激に季節の変化を感じ、冬支度。寂しさを感じやすい時期になります。

そんな中でもまだ被災地でのボランティアは活躍しています。災害ボランティアセンターの中心となっているのは、各市町村の社会福祉協議会(社協)。受付窓口に行ってみると、いまだに「瓦礫撤去」の項目があります。大きな瓦礫は自衛隊が、のちに業者が撤去していきました。今では、大きな瓦礫はほとんどなくなっているため、個人のボランティアを受け付けなくなって来ている地域もあります。

ボランティアセンターにニーズとしてある「瓦礫撤去」は、小さなものです。私有地に、または田畑にある瓦礫なのです。被災者も自ら立ち上がらなければなりません。そうした私有地にある瓦礫は自分で取り除くことが原則ですが、どうしてボランティアが必要なのでしょうか。それは、被災して、家族のうち若い人たちは仕事を求めて、地域を離れているといったケースがあるからだ、といいます。

陸前高田市社協の災害ボランティアセンターの安田留美さんは、「老夫婦だけだったら、瓦礫撤去もできないどころか、草刈りもできず、田畑を作付けできないのです。被災者は春先に向けて農地を復活させたいという思いがあるのです。そのため、畑に一生懸命、手を入れているのです」と述べていました。広いところでは、20~30人が入って、一ヶ月ほどかかるところもあるようです。また、「その意味では、瓦礫撤去は、単にそれだけでなく、将来、どのようにして地域で生活していきたいのか、そのために今何が必要なのかを聞くなどのコミュニケーション・ツールなんです」と話します。

ただ、被災地では雪が降る前になんとかめどをつけたいと思っているようです。南三陸町社会福祉協議会の猪俣隆弘さんもその1人。猪俣さんは「12月25日がめど」としているそうです。

半年も経てば、投入される報道記者の数はめっきり減っています。関心が減っているとも言えますが、それだけ「日常」になりつつあるとも言えます。一方で、心のケアや孤立対策、医療、福祉などの専門家が、専門的な対処をすることが以前よりも増してきます。
しかし、それ以前の人たちもまだまだいるのです。
ニーズが変化する災害ボランティアは、こうした人たちの日常を取り戻すためにあると言っても過言ではありません。

[ライター 渋井哲也/生きづらさを抱える若者、ネットコミュニケーション、自殺問題などを取材 有料メルマガ「悩み、もがき。それでも...」(http://foomii.com/mobile/00022)を配信中]
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