「信を問わない政治」の悲劇 | NewsCafe

「信を問わない政治」の悲劇

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マニュフェストに掲げた壮大なばら撒き政策と一度は野党に政治をやらせてみよう、と言う国民の熱気の中で民主党政権が誕生して2年が経つ。
無策と行動力の不足に国民が辟易とする中、"国会議員だけの投票"と言う密室的な方法で野田氏が民主党として3代目の首相の座に座る事になった。

5人の候補者が争い政治とは所詮数合わせであると言う現実と国民との約束であるマニュフェストをかなぐり捨てても政権を手放さない言う強欲、そして総理大臣を辞めさせる難しさ&与党をやめさせる難しさを見せ付けた選挙だったと振り返る。

今回の交替で日本の政治はここ5年で6人目の首相。昔「歌手1年、総理2年の使い捨て」といった政治家がいたが、まさにその通りだ。衆議院議員の任期満了での総選挙(麻生首相時・自民党大敗)を除くと、いずれも「選挙で国民の信を問う」と言う民主主義にとって当然の手続きを経ないままに首相が変っている。

識者はこう厳しく指摘する。

民主党は党の綱領が無くマニュフェストで繋がっている政党である。マニュフェスト実現に無理があったなら「潔く与党を辞める」のが筋だか、内部からそんな論は出てこない。新首相が誕生すれば混乱は表面上収まり、敗北確実の衆院解散に踏み切る可能性はなくなる。これで民主党のゴタゴタは一件落着である。まさに「政治とは政治家のためにある」だ。その象徴が国民に信を問わずに政権与党の中で首相を廻して政権を維持すると言う悪癖。自民党から民主党に悪癖は受け継がれている。この安易な政治行動が国民の政治不信に続がっている事を政治家は深く反省すべきである──。"


東日本大震災や福島原発事故対応が遅々として進まない最大の理由が「日本の政治自体が国民の支持を失い機能不全に陥っているから」と感じている国民は多いはず。日本の政治の仕組みを小選挙区制度に変えた最大の売り文句は政権交代可能な政治体制の確立、であったが、政権サイドが「選挙で信を問う」と言う勇気を持たない限り、政権交替は絵に描いた餅でしか過ぎないのである。

なぜこの国の政治が国民に信を問おうとしないのか。
これについては「国民が民主主義政治における信を問うと言う意味を十分に理解していない事を政治が悪用しているからではないか」と思う。

政治家は"1年で首相が変ってよいのか。この非常時に選挙をやっていてよいのか"と言うが、戦時下の英国でも関東大震災後でも総選挙は行われている。そもそも論で言えば「選挙は民主主義を支えるための最も重要な装置」であり、これが機能しない政治は政治ではないのだ。

「困難な時だから国民には信を問えないと言うのは政治の言い訳である。困難があるからこそ、国民の信を得た強い政治で難局に当たる必要があるのである。現在の政治の混乱は大震災という自然災害によってもたらされたわけではなく、政権政党である民主党が事実上分裂し、更に政党間の対立から、政府が十分に機能しなくなっていることにある。新政権により取り敢えずの手当が終われば、早い時期に総選挙で信を問うことが求められる」

碩学の畏友はこう述べる。
野田新首相の「真の意味での政治的なリーダーシップ」が求められる時が来た。

[気になる記事から時代のキーワードを読む/ライター 井上信一郎]
《NewsCafeコラム》
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