[第12回]東日本大震災 被災地を取材(5) | NewsCafe

[第12回]東日本大震災 被災地を取材(5)

社会 ニュース

震災からの復興へ懸命な努力が続く東北。渋井氏は3月21日から27日にかけて、宮城・福島を取材。被災者の方々の声を聞いた。

■福島県南相馬市原町地区
(3月26日)

●栃木県那須町に避難する男性

――ガソリンはどうですか?

ガソリンはなかなか入れてくれないですね。今も入れようかと思ったら「ここで終わりですから」と言われて、ここに来たんですよ。

――証明があれば、優先的に入れてくれる?

那須まで100キロから200キロ近くは走れるかなと思います。用心のために入れようかなと思って今役所に来て、証明書をもらって、高速代と、燃料も避難所へ行く人には優先的に入れてくれると。

――これから発つのですか?

これからまっすぐ行きます。


南相馬市渋佐にて

●おじいさんとお母さんが見つかっていない男性

避難勧告が出てから3日か4日ぐらいは捜索も何もしていなかったです。それでも私たちは来て捜してはいたんですけど。

…周囲では、警視庁の応援部隊が行方不明者の捜索を続けていた。


■福島県南相馬市の避難所(原町第一小学校)

●原発から距離20キロの南相馬市小高区在住の人(写真)

今すごく訴えたいのは、やはり自分たちの小高区が、今災害に遭って田んぼが水没している現状を見て、亡くなった方、助けたい思いで必死に市役所に訴えたりしましたけども、答えは「以前頼んであるんだ」というようなごくありふれた返事です。

市長も一生懸命やっていると思います。でも原発を見て、我々は幸い家は流されない、でも原発のために、家を離れなくちゃいけない、でも亡くなった人もいる。それを助けたい気持ちです。

確かに物資だとか食べるものは「間に合っていますか」って聞く。そりゃあみんなが一生懸命テレビで報道している、あれがあって物資も集まった。それは困らない。

でも、近くの同じ村の相馬市小高区で、水がいっぱいになって亡くなった人が探されない。その現状を見たら黙っていられないような気持ちで、誰か来たら訴えたいとずっと思っていました。

たまたま今日は民主党の先生方が来ました。「上には言ってあります」と言ってすぐ顔さっとを背けるような格好で、残念です。だから地方で本部を張っている義援の人たちがいると思うんですが、皆で来て現状を見て、今の放射能の量を測っていただいて、どのくらいの量なのか。

たとえば小高に入れなかったらじゃあ防護マスクで入って交替制でまずは田んぼに溜まった水をポンプで吐くようなことを、なんでそういうことを考えてくれないんだ、とずっと言ってきました。それを来てやるのが政治家の役目。がんばって地元に来て、それをやってもらいたいと思います。

これは切実です。今日も群馬から「助けてください」って電話が来ました。先生方は東京では何も分からない。この寒い中で、(がれきの)下にもぐっている家族のことを考えたら、ぜひお願いします。


●ボランティアをしている日系ブラジル人。千葉県から避難所の人々にラーメンを提供。

――出身はどこですか?

ブラジル。日系2世です。

――今回被災地に来ようと思ったきっかけは何ですか?

気持ちは日本人だから、みんなを助ける気持ちで。鶴見の日系ブラジル人たちも、ガソリン代とか寄付してくれて、みんな手伝ってもらって今日こちらに来ました。

――いつ頃来ようと思ったのですか?

いつ頃というよりも急に決まって、社長の方から「一緒に行きませんか」と誘われて「行きます」と。

――こういった被災地でラーメンを作るのは初めてですか?

ボランティアでは初めてですね。楽しいですね。みんなに喜んで食べてもらったので。「おいしい、おいしい」と。それが一番うれしいです。

――こちらの地方には来たことはありますか?

ありますよ。出張で何回も来ました。仙台の松島、福島の会津若松、山形市内など。

――そういった馴染みのある地域が震災の被害に遭ったことをどう思いますか

大変だと思いますよ。僕もブラジルで住んでた場所が何回も水没したことがありますが、家の中に1メートル50センチくらいの水が入ってきたことがあります。家はもともと農家ですが、出荷する前に全部なくなってしまって。津波とは全然違うとは思いますけど、みなさんの大変さは分かります。だから少しでも力になれればと思って来ました。

――最後に被災に遭われた方が元気になれるようなメッセージをお願いできますか。

みんなで一緒に頑張りましょう。何か力になれたら、ぜひよろしくお願いいたします。


取材・撮影:渋井哲也
《NewsCafeコラム》
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