子どもに手を上げる夫、「育て方が悪いからよ」と嫌味を言う義母。18年間モラハラまみれの生活を我慢した私が、ついに離婚を決意したきっかけは | NewsCafe

子どもに手を上げる夫、「育て方が悪いからよ」と嫌味を言う義母。18年間モラハラまみれの生活を我慢した私が、ついに離婚を決意したきっかけは

女性 OTONA_SALONE/LIFESTYLE
子どもに手を上げる夫、「育て方が悪いからよ」と嫌味を言う義母。18年間モラハラまみれの生活を我慢した私が、ついに離婚を決意したきっかけは

夫婦問題・モラハラカウンセラーの麻野祐香です。

今回は、義母・義姉・夫の“三方向からのモラハラ”の中で、18年間耐え続けたKさんのお話です。

Kさん…中部地方在住。結婚当初28歳、夫は同年代の会社員。

※本人が特定されないよう年齢や名前は変えてあります

※写真はイメージです

結婚前の約束とまったく違った新婚生活

夫は結婚前、とても優しく、Kさんの小さな不安にも耳を傾け、大切に扱ってくれる人でした。

義母も夫以上に温かく、「こんなに大事にされて、私は幸せなんだ」と心から思えるほどでした。義姉もすでに家を出ており、会えば穏やかな関係でした。

だからこそ、夫が言った「実家に住めば生活費も抑えられるし、子育ても助かるよ」という言葉を、Kさんは疑いなく信じたのです。

同居がスタートしてすぐ、義姉が「様子を見に来たよ」と実家を訪れる回数が増えていきました。そして義母と義姉は、食器の片づけの仕方、掃除の手順、生活のちょっとした癖まですべてに口を出すようになりました。

「うちのやり方はこうなのよ」
「あなた、そのやり方は違うんじゃない?」

最初は善意の助言のように聞こえていましたが、次第に“監視”へと変化していきました。Kさんは家の中にいても、気を休められない感覚を覚えるようになりました。

長女の誕生で干渉がエスカレート

結婚から十数年がたち、待ち望んでいた長女が生まれると、義姉の訪問はさらに増えました。「子育ては経験が大事なの」という言葉を盾に、“先輩母”の立場からアドバイスと指導を繰り返します。

「そんな抱き方じゃ泣くのは当たり前でしょ」
「もっとしっかりしないとダメよ」

義母と義姉は、Kさんの育児も家事もすべてチェックし、まるで評価するかのような視線を向けてきたといいます。Kさんは、家の中にいるのに“自分だけの居場所がない”日々を送るようになっていきました。

長女が2歳を過ぎた頃、Kさんは「ほかの子と少し違うかもしれない」と感じ始めました。保育園の先生から「一度、専門の相談機関につないでみませんか?」と提案され、保健センターや専門病院で発達検査を受けることに。

結果は「ASD(自閉スペクトラム症)の特性がある、あるいはグレーゾーン」。あやしても目が合わない、反応が乏しい、後追いがなかった……その疑問の理由がわかり、Kさんは安心しました。

しかし、義母の反応は真逆でした。

「これはあなたの育て方の問題よ」
「私が見ていれば、こんなふうにはならなかった」

偏見の言葉は、母親としてのKさんの心を深く突き刺し、逃げ場を奪いました。長女の特性を“理解”するのではなく、“Kさんを責める材料”へとすり替えたのです。

夫は育児に協力せず、「お前のせいだろう、ちゃんとしろ」と突き放すだけ。Kさんは、完全に孤立した育児を強いられていきました。

それでもKさんは、長女に合わせた関わり方を必死に学び続けました。保育園に通わせながら、週に数回の療育にも足を運び、学んだ内容を家でも実践。毎日工夫を重ね、長女の成長のために尽くしていました。けれど、夫も義母も義姉も、その努力を理解しようとはしません。

「うるさい」
「甘やかすからよ」

Kさんが努力すればするほど、返ってくるのは責め言葉だけ。夫・義母・義姉の“三方向からのモラハラ”が、Kさんの心を徐々に追い詰めていきました。

責められ続けると、人は誰でも、「自分が悪いのかもしれない」と思い込むようになることがあります。これは“弱さ”ではなく、心を守るための防衛反応です。しかし、この状態が長く続くと、気力は削られ、落ち込みやすさにつながってしまいます。

本来、育てにくさがあるときは 夫婦で相談し、支援につなげ、役割分担をして子どもを支えるものです。しかしKさんの場合は、それとは正反対でした。夫・義母・義姉の3人全員から責められ続ける、そんな悪循環が止まらなかったのです。

家の雰囲気が悪化し、娘が不安定に

ASDの子は感覚が鋭く、大人のストレスを敏感に読み取ります。

家の中がピリつけばピリつくほど、娘はちょっとした変化にも過敏に反応するようになりました。癇癪が長引き、気持ちの切り替えに時間がかかる日が増え、情緒の不安定さが強まっていきました。眠りが浅くなり、夜中に何度も起きて泣く日が続き、Kさんは一瞬たりとも目を離せなくなりました。

そこに重なるのは、「慢性的な睡眠不足」「蓄積する疲労」「自己否定感」そして「孤独感」。心が限界へと向かっていくのは、当然のことでした。療育や支援について情報を集めたり、保健師に相談しようとするたびに、義母と義姉はこう言い放ちます。

「そんなもの必要ない」
「うちの恥を外に言いふらすな」

一方的な決めつけと偏見。夫も義母と義姉の勢いに流され、「余計なことをするな」とKさんを突き放しました。子どもを守るための行動が、家族によって止められる……。この状況は、Kさんにとっても娘にとっても、計り知れない負担でした。

それでもKさんが頑張り続けた理由がありました。不安なときほど、娘はKさんを見つめ、小さな手で服をぎゅっと握りしめる。「ここにいて」と目で訴えてくる。その瞬間だけ、Kさんは強く思うことができたのです。「自分は必要とされている。誰かの役に立てている。私は価値のある人間だ」と。

長いあいだ否定され、責められ、価値を奪われてきたKさんにとって、娘の信頼のまなざしは 生きがいであり、生きる意味でした。

本当は家を出たい。

夫や義母から逃げ出したい。

でも、その願いを踏みとどまらせたのは、娘の存在だったのです。

「もう離婚しかない」ある日の事件で

ある日、いつものように娘がおもちゃを丁寧に並べて遊んでいました。娘には並べ方・片付け方の順番への強いこだわりがあり、それが崩れると不安でパニックになってしまいます。Kさんはそれを理解し、時間をかけて寄り添ってきました。

しかし夫は娘の特性をまったく理解しようとしませんでした。その日、夫は突然、並べられたおもちゃを無造作に箱へ投げ入れたのです。娘は激しいパニックを起こしました。

体を小刻みに震わせながら叫ぶように泣き続けます。Kさんはすぐに駆け寄って抱きしめ、落ち着かせようとしました。けれど夫は、その姿を理解しようともしませんでした。

「うるさい! 泣きやまないなら外に出すぞ!」そして、怒鳴り声とともに手を上げたのです。娘はさらに泣き、怯えてKさんの腕をぎゅっとつかんで、身体を縮めました。Kさんは必死に娘を抱きしめながら夫の手をガードし、ただ娘を守ることだけを考えていました。

その瞬間、Kさんの中で、何かがプツッと切れました。

「この家にいる限り、娘は幸せになれない。」
「私が逃げなければ、この子が壊れてしまう。」

涙ではなく、静かな覚悟が湧き上がりました。

この日、Kさんは離婚を決意しました。娘に手を上げられたことが、限界を越える最後の引き金になったのです。

本編では、義母・義姉・夫の三方向からモラハラを受け続けたKさんが、発達特性のある娘を守るために必死で耐え続けた日々についてお伝えしました。

▶▶ 「問題のある子はいらない」義母の言葉で私は覚醒した。娘を守るために“夫と実家”を捨てた決断

では、Kさんがついに“支配の家”を出る覚悟を固め、離婚への道を歩み出した経緯についてお届けします。


《OTONA SALONE》

特集

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