[第14回]秋葉原通り魔事件・判決(後編)事件を目撃した男性の証言 | NewsCafe

[第14回]秋葉原通り魔事件・判決(後編)事件を目撃した男性の証言

社会 ニュース

私がこの日、目撃証言としてきちんと話が聞けたのは、ある男性(当時57歳)のものでした。



「近くにいた私自身は(事故の)音がした方向を見に行った。

すると、車が止まった。車の後を、タクシーが追っかけていた。

タクシーもやられたのか?と思っていたら、やられていないらしい。

タクシーとぶつかって、文句を言おうとしたのかもしれないが、わからないです。

周囲の人は、交通事故だと思ってやじ馬になっていました。

近くで白髪の男性とホームレス風の男性2人が倒れていました。

事故処理をしようと思ったのか、ガードマンみたいな人が寄ってきました(後で聞いたら警察官だった)。

そのときすでに何人か刺していたようです。

私は見ていませんが、警察の話ではレンタカーには5、6本サバイバルナイフがありました。

私の仲間がカフェ、エクセルシオールのテーブルにいて一部始終を見ています。

一緒にいた仲間が言うには、事故の後に停まった車から男が出てきたといいます。

そして、車内からナイフを探して出てきた。

その後、飛行機のように手を広げた格好をして、S字蛇行して、人を追いかけていって刺していた。

マクドナルドの角で、ソフトバンクの店員の女性を刺した。女性が後ずさりしていったのを刺したようでした。

(犯人の)男は私の横も通りすぎました。後ろを通ったのかもしれない。男はベージュの上下の服装でした。

犯人は後ろから右手で、その"事故処理"のために来ていた警察官の背中を刺しました。

最初、(警察官は)突き飛ばされただけと思いましたが、血が噴出して、うずくまって倒れていましたよ。押したようにしか見えなかったのに。



その後、女性の警察官が、「誰か、救急車を呼んで!」と叫んでいました。

そしたら、誰か、「呼びました」と言っていたのを聞きました。8人くらいは倒れているのを確認しました」



いったい、どうしてこのような事件が起きたのか。さっぱりわからない。

それよりも、この日、秋葉原に友人や知人がいたのか気になりました。

結局、直接の知人は秋葉原にはいたものの、現場付近にはいませんでした。

ただ、友人の友人が被害に遭い、死亡したことが後で分かったのでした。

裁判が始まるまで、特に言われていたのは「非正規雇用問題」でした。

自動車業界の生産調整のために、急にリストラが始まる状況だったといいます(しかし、加藤被告自身はリストラの対象にはなっていませんが、対象になるのかどうかの不安は抱えていたかもしれません)。



また、加藤被告が掲示板に書いていた「非モテ」問題には、かなり多くの若者たちが共鳴していました。

「恋愛ができない」状況として「非モテ」を語る場合もあれば、「恋愛をしなくてもいい」という文脈で語られることがあります。

両方の立場の「非モテ」からの事件の言及がされました。



国会では「派遣労働問題」が取り上げられたり、ゼロ年代(2000年代)の若者たちの雇用情勢が言論界で語られるようになりました。

私自身、雇用問題を取材しました。

派遣労働者の実態を描いたドキュメンタリー映画「遭難フリーター」が上映されたり、「希望は戦争!」という過激かつ逆説めいた主張をしていた赤木智弘氏が『論座』でデビューしましたが、より世間の注目を浴びたのもこのころからでした。



私自身も、共同通信の配信記事などで、特に、加藤被告が使っていたケータイサイトと心の居場所との関係について執筆しました。



事件後、この事件を扱ったmixi内のコミュニティのオフ会にも参加しました。

この事件がなぜ起きたのかを知りたい若者、事件に何かしらの共鳴をした若者たちが集まっていました。

共通するのは、この社会に居場所がない、将来の希望のなさを、程度の差はあれ、感じていたことでした。

若者たちの中には、こうした「絶望」が、この事件の背景にあると感じとっていました。



しかし、加藤被告は、若者たちが物語を否定し、「非正規雇用」や「恋愛問題」などの文脈を否定し、ネットでの「なりすまし」や「あらし」からの嫌がらせを「やめてくれ!」というアピールから事件を起こしたというストーリーを証言していました。



これは、どのような意味があったのでしょうか。

意味はないかもしれません。

ただ、まるで、法廷での加藤被告は、「どうせ、死刑なんだし…」と、自分の人生を諦めているようにも見えました。



そして判決公判。

村山裁判長は、「主文:死刑」と宣告しました。

この事件の、ほとんど真実が明らかになっていないとも言える裁判でした。

被害者、ご遺族も納得がいかないと、法廷で証言していました。

被害者、ご遺族のためもありますが、この事件で得られる教訓はいったい何だったのか。

控訴しない限り、私たちは知ることができないし、学ぶこともできません。

しかし、控訴すると、被害者、ご遺族ともに一つのケリをつけられません。悩ましい問題です。(終わり)
《NewsCafeコラム》
page top