暗殺、病死…ファラオ王の死因は「歴史のミステリー」 | NewsCafe

暗殺、病死…ファラオ王の死因は「歴史のミステリー」

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エジプト反政府デモの最中にエジプト考古学博物館から所在不明となっていたアメンホテプ4世の像が見つかったと報道された。抗議集会の中心となったタハリール広場付近で、デモ参加者の少年がごみ箱のそばで像を発見。報道で盗難を知った家族が博物館に届けたという。

ミイラのDNA鑑定によると、このアメンホテプ4世は、古代エジプトのファラオ(王)・黄金のマスクで有名な"ツタンカーメン王"の父とされている。ツタンカーメン王は、即位した時点でまだ年端のゆかない少年であったことが判明。その死については、足の大腿骨骨折と、マラリアの合併症による体調不良の悪化が原因という説が有力視されているが、さまざまな推測が語られ「歴史のミステリー」とされている。

【ツタンカーメンの死因】

1.その他殺説の容疑者

他殺説の容疑者は3人。ツタンカーメンの王妃・アンケセナーメン、ツタンカーメンの死後に即位したアイ、アイの死後に即位した古代エジプト第18王朝最後のファラオ・ホルエムヘブ。


2.頭部打撃説

かつては後頭部に強い打撃を受けて命を落としたとされていたが、根拠となっていたのは1962年のX線写真のみであった。骨片が樹脂の中に埋まっていたことなどから、骨片はミイラ作りの際に脳をかきだすために開けられた穴から落ちたものと結論付け、頭部打撃による暗殺説は現在では否定されている。

3.骨折からの感染症説

頭部打撃による死亡を否定したのと同じCTスキャンによって浮上した新たな説が、左足の大腿骨骨折による敗血症である。

4.政略的暗殺説

ワインによる毒殺説。ワインは当時、王や貴族などしか飲むことの出来ない貴重なもの。実際にツタンカーメンの墓にもワイン壷が収められていた。ただしこの説は一般的なものではなく、明確な根拠も無い。

5.鎌状赤血球貧血症説

2010年、ドイツの熱帯医学研究所チームは足の骨などを詳細に調べ上げ、鎌状赤血球貧血症の痕跡が見つかったと発表した。

ツタンカーメンの墓が発見されたエジプトの「王家の谷」。その華々しい発見の裏では不吉な出来事が続出し「ファラオ王の呪い」と語り継がれている。今回、その父といわれるアメンホテプ4世の像を盗難した犯人は「ファラオ王の呪い」を恐れていなかったのか不思議である……。

[写真提供:時事通信社]
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